企業で始まった若手が年長者を教育する「リバースメンタリング」 なぜウィンウィンな制度なのか(1)/第一生命経済研究所・福澤涼子さん

「Z世代の若者は何を考えているかわからん」

そうお嘆きのミドルシニアのみなさん、若者に学んでみては?

近年のデジタル化急進展、ビジネスモデル大変革――。むしろ若者のほうが新時代への適応が優れている。

そこで、「リバースメンタリング」といって、若者が年長者を教育する制度を導入する企業も出始めているのだ。

若者にとっても、ミドルシニアを教えることはスキルアップになる。「双方ウィンウィン」という、第一生命経済研究所の福澤涼子さんの心温まるインタビューをお届けする。

米国で始まった、若手社員による経営幹部の教育

第一生命経済研究所研究員の福澤涼子さんがまとめたのは「世代をつなぐ『学び合い』の可能性~続・効果的な世代間交流のあり方とは~」(2024年1月26日付)というリポートだ。

リポートによると、これまで職場の教育指導は上の世代から下の世代へと行われてきた。だが、現在、ビジネスモデルの変化のスピードが加速しているうえ、デジタル化が進展。そのため、上の世代が過去の経験値だけで、下の世代を教育するには限界がある。

むしろ、若年層のほうが新しい技術の習得や、新しい環境への適応に優れているため、今後は下の世代が上の世代に教える機会が増していく。とくに、高齢者雇用が推進されているなか、ミドルシニア層にいかに活躍し続けてもらうかは、多くの企業にとって共通の課題だ。

そのため、上の世代と下の世代の「双方向の学び合い」により、全世代がスキルアップしていくことが重要になってきた。

【図表1】は、第一生命経済研究所が全国の18~69歳の男女1万人に行った「世代の異なる相手との会話によって学ぶことがあるか」と聞いた意識調査だ。

(図表1)世代の異なる相手との会話によって学びはあるか(第一生命経済研究所作成)

すると、興味深いことに「ミドルシニア層」(50~69歳)と「若い世代層」(18歳~34歳)ともに、ピッタリ同じの約52%の人が「学ぶことがある」と回答したのだった。

また、【図表2】はミドルシニア層に対して「下の世代との会話によって学ぶことがあるか」との問いに、肯定した人と否定した人の別に比較したグラフだ。

(図表2)自分より下の世代の人ともっと会話をしたいか(学びの有無別)(第一生命経済研究所作成)

これを見ると、肯定的に回答した人の実に約70%が「もっと会話したい」と思っているのだ。それだけ「若い人と会話して学びたい」という意識が高い人が多いのだろう。

福澤さんはリポートで、下の世代が上の世代に教える制度「リバースメンタリング」を紹介している。

「リバースメンタリング」は、1990年代に米国の電気メーカー「ゼネラル・エレクトリック」(GE)の元CEOジャック・ウェルチ氏が始めたといわれている。

当時、普及前だったインターネットなどのIT知識をウェルチ氏自身も含めた経営陣が若い従業員から教わり、効果を発揮したことで注目されるようになった。

こうしたことから福澤さんは、こう結んでいる。

「リバースメンタリングには、世代間の学び合いの効果がある。上の世代は、知らなかった知識をインプットして技術の習得や視野を広げることができるし、若者にとっても、上の世代に進言をする経験を通じて、リーダーシップの向上が期待できる」

「また、世代間の関係を良好にする効果もある。『年寄りは使えない』『若者は甘ったれている』といった世代間の偏見や対立をなくすことにつながる。もちろん、若者は未熟な面も多い。年長者はそうした点を寛容な態度で見守りながら、『下の年代から学べる点はないか』という視点で、若い世代とどんどん会話してはいかがだろうか」

学び直しをしないと、取り残されることを理解する

J‐CASTニュースBiz編集部は、リポートをまとめた福澤涼子さんに話を聞いた。

――ミドルシニア層で「下の世代と話すと学びがある」と答えた人が52%。一方、若い層で「上の世代と話すと学びがある」と答えた人が52%。全く同じ数字という点がとても面白いです。なぜ、こんな結果が出たのでしょうか。

福澤涼子さん 上の世代が下の世代から教わる必要が出てきたことが最も大きな要因ではないでしょうか。

仕事の経験が深い上の世代が下の世代に教えることが本来の姿ですが、仕事の環境が現代はすっかり変わりました。その理由の第1は、IT技術の進歩です。建築、介護といったITから最も遠かった分野にまでデジタル化が進んでいます。IT技術に関しては、若い世代が上の世代に教えることができます。

私は30代ですが、最近、50代の先輩が新たなシステムをインストールするお手伝いをしました。先輩は「手順書通りにいかないから難しい」と困っていましたが、私は「ここをこう動かせば、いいと思います」といい、実際、動かすことができました。若い世代は、デジタルに関してはマニュアルがなくても、何となく感覚的にわかる面があります。

――社会のデジタル化が、世代を超えた学び合いのけん引役になったということですね。

福澤涼子さん はい。またそうしたITスキルのみならず、社会の変化に応じたリスキリング(学び直し)が、ミドルシニア層にも求められるようになりました。

新たな知識や技術を習得するのは、若い人のほうが優れていると言われます。その点でも、下の年代が上の年代に物事を教えるということは今後ますます増えてくるかもしれません。

また、定年が伸びることで、職場にシニアの方が増えて、若い層と一緒に仕事をする機会が多くなったことがあげられます。つまり、年齢のダイバーシティが進んでいるということです。

企業の側から見ると、もし世代の対立が広がって職場の雰囲気が悪くなってしまったら、生産性の低下につながります。お互いに理解し合わなくては、会社の存続の危機になりかねません。そうした意味でも互いを理解しあうための学び合いが大事だといえるでしょう。

「教えてくれてありがとう!」と感謝の言葉を伝える

――ミドルシニア層が若い世代から学ぼうとするには、どういう姿勢、心構えが必要でしょうか。たとえば、団塊の世代の私が職場の20代のA君に教えを請う時はどういう配慮が必要ですか。

福澤涼子さん まず、自分は学び直しをしないと、取り残されるリスクがあるということを謙虚に理解することです。「アンラーニング」(Unlearning)という言葉があります。日本語では「学習棄却」や「学びほぐし」と訳されますが、いったん、これまで身につけたことを忘れ去る覚悟で新しい学びに挑戦しましょう。

一方で、Aさんには寛容の心で接することも大事です。AさんがITなど一部の技術に長けているとはいえ、あなたより総合的に優れているとは限りません。経験的に至らない面には目をつむり、お説教などしないで、素直にAさんの優れたスキルに目を向けるといいでしょう。

――それは私にもできると思います。

福澤涼子さん そして、何より大切なことは「A君、教えてくれてありがとう」と感謝の言葉を伝えることです。日本の若者はほかの国の若者に比べ、自分を肯定する「自尊心」が非常に低いという研究があります。特に日本では、その自尊心には自分が社会や周囲に役に立っているかどうかを重視する「他者に対する有用感」がカギになります。

ぜひ、職場のみんなの前で「A君に教わって助かったよ。みんなもA君に教わるといいよ」と言ってあげてください。Aさんの励みにもなるのではないでしょうか。

企業で始まった若手が年長者を教育する「リバースメンタリング」 なぜウィンウィンな制度なのか(2)/第一生命経済研究所・福澤涼子さん>に続きます。

(J‐CASTニュースBiz編集部 福田和郎)


【プロフィール】
福澤 涼子(ふくざわ・りょうこ)
第一生命経済研究所ライフデザイン研究部研究員、慶応義塾大学SFC研究所上席所員

2011年立命館大学産業社会学部卒、インテリジェンス(現・パーソルキャリア)入社、2020年慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了、同大学SFC研究所入所、2020年リアルミー入社、2022年第一生命経済研究所入社。
研究分野:育児、家族、住まい(特にシェアハウス)、ワーキングマザーの雇用。最近の研究テーマは、シェアハウスでの育児、ママ友・パパ友などの育児ネットワークなど。5歳の娘の母として子育てと仕事に奮闘中。

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