会社員が「所属組織」と「役職名」を失う恐怖…定年後の喪失感から抜け出すために“定年前から”できること

(※写真はイメージです/PIXTA)

人生100年時代、“60歳で完全リタイア”は決して簡単ではありません。老後資金を貯めるため、定年後も働きたいと考えている人は少なくないでしょう。そのようななか、『ただの人にならない「定年の壁」のこわしかた』(マガジンハウス)著者で公認会計士の田中靖浩氏は、会社員が定年後に苦労しないよう「定年前から」やっておきたいことがあるといいます。それはいったいなんなのか、みていきましょう。

「所属組織」と「役職名」を失う喪失感

定年後、隠居生活に入ると、職業欄に書くことがなくなります。「無職」ここにマルを付けるのはすごく勇気がいります。「自分は職のない人間なんだ」と思い知ることになるのです。

定年の話と一緒にするのはどうかと思いますが、私は若い頃に一度「無職」を経験しました。会計士試験の受験勉強のため、大学を無職で卒業したときのことです。わずか数カ月の無職生活でしたが、強烈な記憶が残っています。

それまで「学生」だったのが、卒業した瞬間に「無職」。職業欄にマルを付けるたび、世間から取り残された気分を味わいました。映画館のチケット売り場で「一般ですか、学生ですか?」と聞かれ、つい「無職です」と答えた自分がイヤになりました。

あのときの私ですらそうなのだから、会社で長年働いてきた方が「無職」になるのは、とてつもない喪失感を感じてしまうはずです。

先日、講師依頼をいただいたセミナーのプロフィール欄を書き込みながら、ふと手が止まりました。それは「所属組織・役職名」の記入欄。フリーランスの私にはいずれにも書くべき内容が見当たりません。結局、いささかの申し訳なさとともに、所属組織に「作家・公認会計士」、役職名に「なし」と書きました。

主催は誰もが知る超有名企業です。担当者の彼らにとってプロフィールとは、「〇〇株式会社△△事業部部長」や「〇〇大学△△学部教授」のことなのでしょう。

でも、サラリーマンの皆さん、よく考えてみてください。プロフィールに書く「所属組織・役職名」は定年までの期間限定であなたに貸与されたものです。それは定年を迎えた瞬間、名刺とともに取り上げられます。

「所属組織・役職名」に頼って仕事してしまうと、それを取り上げられたときにどれだけの喪失感を味わうか、想像してみてください。

会社を辞めた瞬間、あなたは会社の看板と役職を失って生身の人間に戻ります。その上げ底がなくなったとき、「自分自身の能力」や「人間的魅力」がなければ周りの人と新たな関係を築くことはできません。

フリーランスとしても通用するよう、会社にいるうちから世界を広げて「お楽しみ豊富」な人間になっておきましょう。

いますぐ定年後まで使う名刺をつくろう

定年のときに失うものはいくつかありますが、その代表が「名刺」です。名刺はサラリーマンにとっての象徴であり、そこにはその人がこれまで会社につぎ込んできた努力とプライドのすべてが詰まっています。名刺がなくなることは、言葉にできない喪失感をもたらすようです。

名刺には「会社名」が書かれています。そして部署名のなかに何を扱っているかの「商品名」も書かれています。会社名と商品名、この2つは顧客側から見て極めて重要な情報です。顧客は「その会社の商品」だから信頼して購入するわけです。そんな顧客がいてくれるからこそ、この名刺で仕事ができるわけです。

定年とともにその名刺を失うことは、何を意味するのでしょう? それは「会社」の後ろ盾と、売りものである「商品」の両方を一度に失うということです。それでもあなたがそのあと何か別の仕事をできるとしたら、それこそが「自分」の実力です。

このように考えてみましょう。

仕事の実力=会社力×商品力×自分力

会社の名前と商品はあなたのものではありません。それを失ってもなお残る仕事の実力こそが「自分力」です。

たとえば金融機関に勤めている人は、定年と同時に会社名と融資や預金などの商品メニューを失います。そのあとに残る自分の力とは何でしょう?

これについて、「そんなことは考えたこともない」という人が多いのではないでしょうか。サラリーマンとして働いている間は「会社」と「商品(サービス)」が強力なほど仕事が順調に進み、稼ぎが大きくなります。

そもそも、多くのサラリーマンは就職活動の際、有名な大企業や優れた商品をもつ会社に入社したいと願っていたはずです。その選択は安定した給料がもらえるという意味では正解です。

しかしながら、「会社」と「商品」の強い会社に長年勤めると、そこを去るとき「自分力」の弱さに愕然としかねません。この落差とそれに伴う精神的ショックは極めて大きいです。

これは極めてまずい。なぜなら自分力の弱さと自信のなさは、定年後フリーランスのさまたげだからです。定年後フリーランスを目指すなら、「サラリーマン時代から定年後フリーランスまで連続するもの」をこしらえましょう。

それには資格のように目に見える専門性、目に見えないスキル、特別な人的ネットワーク、などなどいろいろなものがあると思いますが、まずは具体的に見えるものを用意すべきです。

サラリーマンの今から定年後までずっと使い続けるもの、いつか定年後の仕事を増やしてくれるもの──それが「あなた個人の名刺」です。

いまや企業間の取引や商談ではテレワークが進み、かつてより名刺交換の機会が減りました。相手と会う機会が減ったからこそ、実際に会ったときの印象が大切になっています。

とくに年長者は名刺を大切にします。「いつかフリーランスになりたい」皆さん、本記事を読んだらすぐ「自分の名刺づくり」を始めてください。そのための準備を含め、「自分の名刺」によって新たな人生の扉が開きます。

田中 靖浩
作家/公認会計士

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