生月町の戦争遺構巡る 長崎・平戸でウオーキングイベント

コンクリート製の観測所跡内部を見学する参加者=平戸市生月町

 ごみ拾いをしながら長崎県平戸市生月町内を巡るウオーキングイベントが同町北部、御崎地区であり、約30人が第2次大戦終戦までに旧日本軍が設営した砲台跡などを見学した。
 生月地区まちづくり運営協議会が、地域の歴史や環境美化に意識を向けてもらおうと企画した。1926年に新設された壱岐要塞(ようさい)司令部の管轄だった同町(生月島)は、日本と朝鮮半島を結ぶ海路を監視し、敵艦船の撃退を任務としていた。現在、島北部の御崎地区には砲台跡など、島南東部に信号所跡がそれぞれ残るが、市民には広く知られていない。
 同町の団体職員で市内の戦争遺構調査を続けている田中まきこさんが3日、約3時間のコースを案内。山林中のコンクリート造り観測所跡や終戦直前に造営された塹壕(ざんごう)跡で当時をしのんだ。砲台を空爆から守る断崖の横穴など地下に設置した穹窖(きゅうこう)跡も見学。参加者はルート沿いのペットボトルなどを拾い集めた。
 同地区生まれの60代の女性は「塹壕は子どもの頃の遊び場。大人になってからは来てなかった。今後、こんな施設が造られないように願っている」と話した。

© 株式会社長崎新聞社