「自分に置き換えて感情移入しながら見ていた」ダルビッシュ対大谷の対決に興奮しつつ、今永昇太は着実に開幕を見据える<SLUGGER>

レフト後方に見える赤茶けた土手の上を、大型トレーラーが走り抜けて行った。

3月21日、木曜日(現地)の午後、国歌斉唱も始球式もない、Bゲーム=マイナーリーグの練習試合のマウンドに、カブスの今永昇太は上がった。

ネット裏に陣取る関係者が、黒地にオレンジ色の対戦相手ジャイアンツの選手たちはシングルA級を中心としたチームだ、と教えてくれた。今永のバックを守るカブスの選手たちも同じが、彼らの若々しい表情から、二十歳前後だと容易に想像がついた。

1回、伸びのある速球でに二者連続三振の好スタートを切った今永は、身長2m超えの左の3番打者に2球目の甘いスライダーを完ぺきに捉えられ、右越え本塁打を許した。

「ハマスタだったら、場外ですよ、あれ」

登板後、今永は呆れたように言った。

メジャーリーグ(MLB)より3階級も下なので、大した選手はいないだろうと思ってしまうだろうが、実は近年のドラフトで上位指名された高卒の有望株が何人もプレーしている。今永から豪快な一発を放ったブライス・エルドリッジ一塁手もその一人で、19歳の彼は昨年のドラフト1巡目(全体16位)指名の高卒新人である。聞けば、高校時代は大谷翔平ばりに「投打二刀流」の選手で、プロ入り後、打者一本に絞ってメジャー昇格を目指しているという。

「初回、スライダーがあまり曲がらず、(本塁打を)打たれてしまって、その後、同じような失投をしないように心がけながら、上手く配球を変えながら抑えられたのは、今後の試合につながる」

と今永。この日の登板が、それまでのようにオープン戦じゃなかったのは、それが敵地でのアスレティックス戦だったためで、首脳陣の「同じメサ市で近いとは言え、わざわざトレーニング施設から離れた場所で投げることはない」という配慮によるものだった。 事実、隣のグラウンドでも、カブスの先発ローテーションの一角を占めるとみられる同じ左腕のジョーダン・ウィック投手が投げていた。投手コーチも遠征には参加せず、2つのグラウンドの間を行ったり来たりしており、マイナーでの練習試合が敵地でのオープン戦よりも重要な位置づけになっていることは明らかだった。

「ボール先行の時に何を投げるのかが、いつもテーマになっているので、今日はチェンジアップがボールの後でもチェンジアップ選択したり、カーブがボールになった後でもカーブを選択したりとか、真っすぐ待ちで1、2、3で来る打者に対して、強引に勝負しないってところを心がけてやった」

練習試合なので、きっちり3アウトで交代するわけではなく、1イニングの球数が少なければ4アウト取ることもあるし、あまりにも球数が増えれば3アウト取らなくても攻守交代となる。

カブス広報は5回1/3と表現したが、アウトの数は(5×3)+1で16であるべきところが17もある。圧巻なのはその内容で、実に13ものアウトが奪三振によるものだった。

「今、結果がむちゃくちゃ良くても、べつに褒められるようなことじゃない。シーズンを通してこのパフォーマンスができるように、そのための88球であれば良いなと思う」

オープン戦で最も大事なのは、開幕に向けて球数を増やしていくことである。日本風の「投げ込み」が皆無なMLBでは、5試合前後あるオープン戦の登板で、徐々に球数を増やして開幕を迎えることになる。今永の場合、初登板となった3月2日のドジャース戦で2回1/3で41球(3安打3失点)、3月8日のマリナーズ戦で3回57球(4安打2失点)。同14日のアスレチックス戦で4回1/3を投げて70球(3安打無失点)と順調に球数を伸ばしてきた。
カブスにとってのオープン戦最終日、3月26日のカーディナルス戦にも登板することが決まっているものの、普通は疲労を溜めないように開幕前の最終登板は極端に球数を減らすので、実質的にはこの日の88球で「準備完了」となる。

今永はその準備期間の中で、最大限の努力をしてきた。野球選手なので、練習するのは当たり前だとしても、なるべく通訳を介さず、投手コーチやチームメイトとのコミュニケーションを取ったり、トラックマンを使用して投球解析された自分の持ち球を、実戦できちんと流用できるように落とし込んだり。この日の練習試合では、この数日間、取り組んできた牽制球の練習をさっそく実戦投入して、一塁牽制で走者を刺している。

「確か(盗塁を)走られた後だったと思うんですが、そのタイミングがすごく大事ですし、その後はランナーのリードもすごく小さくなりましたし、牽制しても戻る方に荷重があったので、ああいうことを一発入れるだけでも次にスタートを切らせないってことにつながる」

たとえば、ライブBP=味方相手の投球練習からオープン戦序盤での課題は、被本塁打だった。ライブBPでは、チームメイトのパトリック・ウィズダムやニック・マドリガルに高めの甘い球を軽々と柵越えされた。オープン戦では2試合連続で一発を浴び、Bゲームまでのオープン戦3試合9.2イニングで19奪三振(奪三振率は17.69!)という驚異的な数字と対象的に、不安材料として指摘されていた。

「彼が三振を奪えるフライボール・ピッチャーであり、長打を食らうことがあるのは分かっていたことなんだ」

そう言ったのは、トミー・ホットビー投手コーチである。彼はデータ主導、テクノロジー全盛のMLBにおいて、それらを積極的に取り入れながら指導している投手コーチだ。新しいアイディアをアップデートすることに積極的なダルビッシュ有投手(パドレス)とも通じるところが多かったらしく、「こちらも勉強になるんだ」などと言う柔らか頭の人である。 たとえば、今永にとって驚異的な奪三振率の大きな要因となっている「高めの4シーム・ファストボール」。ホームランと紙一重にも見えるその武器について、ホットビー投手コーチはこんなアイデアを持っていた。

「球速も回転数も、高めに投げるには申し分ない数値がある。しかし時々、彼の指先から球がこっち(投手から見て左)に吹き上がる時がある。それでもショータの場合、球はホップしていくのだけれど、MLBの右バッターの中には、それを長打にする選手がいる。だから、むしろカット気味に投げた方が、回転軸がより理想に近づいて、打者にとっては打ちづらいホップになるし、長打を食らう可能性も低くなるのではないか、と考えられる」

二人の間で実際にどんな会話と摺り合わせが行われたのかは知らないが、今永はその数日後、2戦連続被弾した後の3試合目のアスレティックス戦をオープン戦初の無失点で切り抜けた。そして、その試合で、今永は一つの答えを得ていた。

「真っすぐでしっかり差し込めることができれば、打者がポイントを前にしてくれるので、少々、ボール気味のチェンジアップを振ってくれたりとか、高めを振ってくれたりする。相手のポイントをいかに前に出すのかっていうのが僕の生命線になるのかなと思う。
日本の時に投げていた真っ直ぐとはまったくの別物として、自分の真っすぐを考えていきたいなというマインドチェンジにもなりました」

「今日、何球かインコースに、窮屈そうなスイングで……2回か3回に1番打者が詰まったサードフライを打ったのは凄くいい真っすぐで、僕もグリップの下の辺を目がけて投げに行ったので、やっぱりあの辺は一番窮屈なところなんで。手が伸びるところは、こっちの打者は上手くバットを操作すれば果てしなく飛んでいくので。あそこに投げられたのは、次のいいイメージにつながっていくのかなと思う」 今季から指揮を取るクレイグ・カウンセル監督はスプリング・トレーニングが始まった頃、「ショータも他の先発投手たちと同じスケジュールで調整していく」と言いながらも、実際には他の投手が中4日が多かったのに対し、中5日の登板間隔で調整してきた。

つまり、今永のオープン戦登板は、26日のカーディナルス戦を残すのみである。そこから中5日だと、敵地での開幕カードのレンジャーズ戦での登板はなく、ホーム開幕戦となる4月1日のロッキーズ戦での、メジャーデビューが有力だ。そして、そこからさらに中5日で待っているのが7日のドジャース戦である。

「どうなんでしょうね。それはいざそうなってみないと。そういう気持ちはまだ分からないですけど、ドジャースの打線は素晴らしいですし、パドレスも本当に素晴らしい打者が揃っているので、皆、本当に強く踏み込んでるなっていう印象はありますね」

彼は現地では午前3時開始の韓国シリーズの初戦、ダルビッシュ対大谷翔平の対決を「観ていた」と言う。

「自分にむちゃくちゃ置き換えて、ちょっと感情移入もしながら、見てました。

「4回かな? ダルビッシュさんが2死満塁で(マックス・)マンシー選手を三振に獲ったんですけど、ダルビッシュさんでも四球を出してしまったりとか、見てるこっちも緊張感が伝わりましたし、最後に三振を獲った時の雄叫びと言うか、あそこで抑えるところが、ダルビッシュさんの強さなんだなと感じました。松井(裕樹)選手も投げていたので、僕も負けないようにと言うか、早く追いつきたいなって気持ちで見てました」「大谷選手に投げることもイメージしながら見てましたね。どこに投げれば、打ち取れるんだろうとか、どういうスウィングの軌道で打ってるんだろうとか、興味があるので。もちろん、どの打者もそうですけど、そんな風に見てました」

勝負師=ピッチャーとは、そういうものなのだろう。

4年総額5300万ドル(約77億4千万円)の大型契約を交わしたのだから、オープン戦の結果はあまり問われず、開幕メジャーを迎える立場だが、今永はそれを承知の上で早くから「結果を出したい」と言ってきた。

「周りの方は『スプリング・トレーニングだから』っていう、『あまり気にするな』ってことも言葉をしていただきますけれども、しっかり結果を残さなければ認めてもらえないと思うので、皆さんに認めてもらえるような数字が並べば良いかなと思います」

確固たる地位を築き上げて、カブスのチームメイトに、カブスのファンに、メジャーリーグのファンに「Shota Imanaga」という存在を認めてもらうこと。

メジャー1年目にもかかわらず、泰然とした態度を武器に粛々と開幕準備を進めるその姿を間近で見ていると、その日がやって来るのもそう遠くない未来だと思える。

「いよいよ始まるなという気持ちもありますけど、正直まだ自分がアメリカにいる実感がそこまで湧いてない。おそらく、初登板のマウンドに立つ時には、今まで味わったことがないような緊張感だったりとか、そういったものになるでしょうし、いいイメージを膨らましながら、あと数日、調整したいと思います」。

文●ナガオ勝司

【著者プロフィール】
シカゴ郊外在住のフリーランスライター。'97年に渡米し、

アイオワ州のマイナーリーグ球団で取材活動を始め、

ロードアイランド州に転居した'

01年からはメジャーリーグが主な取材現場になるも、

リトルリーグや女子サッカー、

F1GPやフェンシングなど多岐に渡る。'

08年より全米野球記者協会会員となり、

現在は米野球殿堂の投票資格を有する。日米で職歴多数。

私見ツイッター@KATNGO

© 日本スポーツ企画出版社