スウィング軌道に表れる先進的な取り組み。愛工大名電のデータサイエンスを駆使した最新スタイルの野球とは?

手首を返さないスウィング――。

優勝候補のひとつ愛工大名電ナインたちのスウィング軌道を見て先進的な取り組みを目指しているのを感じ取れた。スウィング軌道をあげるスタイルに高校野球では新しい野球を見た。

「フライをあげるのではなくて、ボールの軌道にバットを出していく。2ストライクを取られても三振を減らす、ランナー一塁や一、二塁の時のゲッツーを減らすとか、そういう意図があるんです」

指導歴42年の名監督・倉野光夫監督はそう語る。名電の選手たちはいわゆる一時話題になった“フライボール革命”のようなフライを打ちにいっているわけではなく、試合の場面に応じてボールへのコンタクトを変えているのだ。投手の足元を狙う打球が必要な時もあれば。逆にそれが足枷になる時もある。選手個々、ボールカウント、相手投手の特徴を頭に入れながら打席に立っている。

倉野監督は取り組みについてこう語る。

「バットが(新基準に)変わったので、余計に芯に当てることが必要ということで、当てやすいスタイルを取り入れました。だからバットを振り上げているわけではなく、ボールが垂れてくる球に対してバットを出していくことを考えたらこういうスタイルになっているということです」

試合は投手戦で推移した。

愛工大名電はエースの大泉塁翔ではなく背番号「10」の右腕・伊東尚輝。ストレートとスライダー、フォークを投げ込む本格派だ。9回を投げて8奪三振1失点の好投。1-1の同点でタイブレークにもつれるほどの投げ合いを演じた。

昨年の準優勝校・報徳学園に対して伸び盛りの右腕を起用した理由を倉野監督はこう語る。

「伊東がここへきて、成長の跡が見られて今日は先発させました。冬の練習でやってきたことが分析で言えば数値で表れてきたんです。この数値だったら、絶対に抑えれるぞと思ってマウンドに上がるようになった。その数値とは伊東の投げるボールは以前まで縦と横の変化がほとんど同じで、シュート成分が多かっったんです。今は縦変化の方が2倍くらいになって、シュートがなくなって、前に進んでるような威力あるボールになった。本人も実感をして、ストレートを中心に交わすことなく投げ切れるようになった。迷いなく先発に起用しました」
投手戦ということは相手投手も好投を見せた。

大会前から評判の報徳学園の先発・今朝丸裕喜は140キロを超えるストレートとフォーク、カーブを投げるパワーピッチャー。打ち崩すのが難しいピッチャーだったが、そんな投手に対してコンパクトなスウィングだけではなくアプローチしていた。
例えば、6回表の先制の場面。1死から3番の石見颯真が左翼前安打で出塁。4番の石島健のところでエンドランを仕掛けると、石島はゴロを狙いセカンドゴロになり進塁打。一方、5番の宍戸琥一はやや打ち上げ気味のスイング。2つの空振りを喫した後、高めのストレートを見事にセンター前に弾き返したのだった。石見が生還して1点を先制した。

石見、石島、宍戸とそれぞれスウィングを使い分けていた。

同点で迎えたタイブレークの10回表の攻撃では1死満塁から石島が犠牲フライ。追い込まれていた中でのスウィングだったが、この時の石島は明らかにフライを打ちに行っていた。

石島が話す。

「スウィングの違い、わかりますか? 今回の試合は今朝丸くんも、間木くんもいい球を投げるので、低い角度を狙って打つつもりでした。延長10回の打席は追い込まれるまでは繋ごうと思ったんですけど、追い込まれてしまって、犠牲フライを狙っていきました。スライダーが縦に大きかったので、下からラインに合わせるように打ちました」

石島がこうしてスタイルを変えられる背景にはチームが大事にしていることが透けて見える。

愛工大名電は高校では珍しくラプソードを使い、アナリストと協働して野球に向き合っている。

先の倉野監督の伊東の起用からもそれは感じ取れると思うが、データサイエンスを重視して、再現性のある取り組みをしているというわけである。甲子園常連校、それも長い歴史のある伝統校は過去のしがらみからなかなか抜けられないケースも多いが、愛工大名電は常に最新を取り入れているチームと言える。

指導者のアップデートが大事と常に語っている倉野監督が理念をこう語る。

「Googleナビで目的地に行く時代ですから、いつまでも地図を開いていたらダメですよね。全然、スピードが違う。自分の現在地と目的地が明確になるから、方法に選択肢が出てくると思うんですよね」

タイブレークの末に初戦で敗れたものの、データサイエンスをうまく活用したスタイルの登場は高校野球も新たなフィールドに足を踏み入れ始めたことを感じさせてくれた。

「大いに成果を感じています」

倉野監督は最後にそう語った。かつてはバント戦法を駆使して批判も浴びたりしたが、それは指揮官が進化の過程の中で伝統校を腐らせないために努力をしてきたという証左でもあるだろう。まだまだ進化を遂げそうなチームである。

取材・文●氏原英明(ベースボールジャーナリスト)

【著者プロフィール】
うじはら・ひであき/1977年生まれ。日本のプロ・アマを取材するベースボールジャーナリスト。『スラッガー』をはじめ、数々のウェブ媒体などでも活躍を続ける。近著に『甲子園は通過点です』(新潮社)、『baseballアスリートたちの限界突破』(青志社)がある。ライターの傍ら、音声アプリ「Voicy」のパーソナリティーを務め、YouTubeチャンネルも開設している。

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