30年にもわたるデフレから、ようやく脱却しようとしている日本。しかし今度は、インフレに注意が必要です。社会情勢が大きく変わろうとしているいま、これからシニアになる人は、自分の親世代と同じように「年金を受け取り、預貯金を取り崩し、のんびり過ごす」などと考えていると、大変なことになりかねません。経済評論家の塚崎公義氏が解説します。
高齢者の金融資産、預金への偏重が心配
若者は投資で損をしても取り返せるが、高齢者は投資で損をすると取り返しが難しいので、高齢者は若者よりも資金運用を保守的に、安全資産である預金を中心に持つべきだ、という人は少なくありません。
しかし、筆者はそうは思いません。銀行預金も、インフレが来たら目減りする(買えるものが減ってしまう)リスク資産だからです。インフレが来て預金が目減りしても、若者は給料が上がるのでそれほど問題ありませんが、高齢者は預金が目減りするだけで終わってしまうので、高齢者のほうがインフレ対策をしっかり考えるべきなのです。
筆者は定年退職後の高齢者ですが、平均寿命以上に生きる可能性もあるので、30年くらい生きる場合を想定して老後資金のことを考える必要があります。そこで、老後資金に占める米国株投資信託の比率を高めにしています。株で儲けようということではなく、インフレが来るのが怖いからです。
これからは、労働力希少による賃金上昇で物価が上昇していく時代だと思います。毎年1%ずつ物価が上がっていくと、30年後には銀行預金が30%目減りするわけです。
南海トラフ大地震が発生する確率も高いといわれています。そうなれば、復興資材の輸入のためにドルを買う人が増え、ドルが急騰し、輸入物価がすべて値上がりするでしょう。消費者物価が何倍にも跳ね上がるかもしれません。
そうなっても、米国株を持っていれば安心です。日本がインフレになればドルが値上がりしますし、米国がインフレになれば米国株が値上がりすると期待できますから。
株価暴落リスクを恐れるなら、インフレリスクだって…
日本人高齢者のなかには、老後資金をすべて銀行預金で持っているという人も多いようです。そもそも日本人の遺伝子はリスクを嫌うようにできているから株価暴落が怖い、高齢者は若者より保守的になりやすい、ということもあるのでしょう。
バブルの頃までは「株に手を出す」などという言葉もありましたから、株式投資はバクチであって、真っ当な人間が手を出すものではない、と考えている高齢者も多いかもしれません。
投資を始めたことはあるけれど、バブル崩壊やリーマン・ショックで大損をして、二度と株式投資は行わない、と心に誓った人もいるでしょう。
しかし、株価暴落のリスクを恐れるのであれば、同様にインフレのリスクも恐れていただきたいものです。高齢者は石油ショック後の激しいインフレを経験しているのですから。
「年金の受取開始を待つ」という選択肢も
老後資金を何で運用するか、を考えるのと並んで、老後資金で生活することで公的年金の受け取り開始を遅らせる、という選択肢も要検討です。
公的年金は、どれだけ長生きしても最後まで払ってもらえますし、インフレが来れば原則としてその分だけ受取額が増えるので、老後資金の非常に頼もしい味方です。
公的年金は65歳から受け取るのが普通ですが、受取開始を75歳まで待つことができます。当然ながら、遅くに受け取り始めるほど毎月の受取額は増えます。たとえば70歳から受け取り始めると42%増えるので、老後の安心感が大いに高まるでしょう。
そこで、老後資金を使って生活し、年金の受取開始を遅らせるという選択肢も要検討です。インフレのリスクは株式投資等で軽減できますが、長生きのリスクに対応するのは容易ではありませんから。
筆者は、公的年金の受取を開始していません。老後資金を少しずつ取り崩しながら生活しています。幸い、定年後も経済評論家としての収入がわずかながら得られているので、もうしばらく受け取らずに待つつもりです。
「認知症」は、高齢者にとっても由々しき問題
老後資金が不足するリスクに加えて、認知症になったり倒れて意思表示ができなくなったりするリスクにも備える必要があるでしょう。預金が引き出せずに看病してもらえなかったり、葬式をしてもらえなかったりしたら悲しいですから。
ある程度の金額を子どもたちに贈与する、という選択肢は要検討です。贈与税には注意し、子どもたちが使ってしまうリスクがあるなら通帳を預かるなどの対策をしたうえで、「万が一のときは入院費用、介護費用、葬儀代等をこれで払ってくれ」と頼んでおくのです。
クレジットカードの家族カードを作っておくのもよいでしょう。万が一のときの入院費用等をカードで支払ってもらえばよいのです。
その他、家族信託を検討する、子ども達を金融機関に代理人として届けておく、等々の対策は様々だと思います。いちど、金融機関などに相談してみてはいかがでしょうか。
本稿は以上ですが、資産運用等々は自己責任でお願いします。なお、本稿はわかりやすさを重視しているため、細部が厳密でない場合があり得ます。
塚崎 公義
経済評論家