水原通訳の違法賭博問題で浮上した「プロアスリートの危機管理問題」。選手の行動を監視・監督する第三者機関が必要<SLUGGER>

大谷翔平(ドジャース)選手の専属通訳で、公私ともに大谷選手をサポートしていた水原一平氏が違法賭博に関与したと報じられて球団を解雇された件は、今、米国でMLB機構や捜査当局が動き出している。

プロスポーツ選手およびスポーツチームにおける、コンプライアンスとガバナンスの問題はたびたび事態が大きくなることが多い。その一方で、この分野の「危機管理」に関する研究や選手への教育や管理はまだ遅れている。日本でもたびたび、選手の「金」に関するトラブル、倫理的に問題のある人物との交際がたびたび表面化する。また、リタイアした後に犯罪に手を染める者もいる。

米国において賭博は市民生活に溶け込んでおり、そのため、ある意味手軽にはまり込みやすい側面がある。しかも、高額所得選手は常に「狙われている」。理由は「高額な金が一気に取り込みやすいこと」、そして「問題を表面化しないようにする制御機能(問題が大きくになることを防ぎ、選手に影響を及ぼさないようにする隠ぺい体質)」により、賭博元にむしろ効率的な利益をもたらす背景があるからだ。また、この問題は結論が出ても、モヤモヤ感の残る「玉蟲色」決着しか残らない。事実関係が曖昧なまま、さまざまな憶測が付いて回る特徴がある。

他のプロスポーツでも賭博問題は深刻で、例えばNFLでは昨年もギャンブルポリシー違反で出場停止選手が出ているし、今年に入ってもニューイングランド・ペイトリオッツのワイドレシーバーが、ルイジアナ州立大学(LSU)でプレーしていた未成年の期間に違法オンライン賭博に関与していた容疑で告発された。 大谷選手のような有名どころでは、アトランタ・ファルコンズなどでエースQBだったマイケル・ヴィックは、2007年の4月に闘犬賭博事件で禁錮23ヶ月の実刑判決を受けている。NHLやNBAでも、選手の相次ぐ賭博を問題視して規制強化を打ち出している。

プロスポーツ選手が賭博に関わることは「八百長」にもつながるケースが多く、業界全体で断ち切らなくてはならない課題なのだ。

一般の企業でもコンプライアンスとガバナンスの強化が指摘されて久しいが、それでも不祥事は起こる。これをプロスポーツに置き換えてみると、企業=チーム、従業員=選手なので、各チーム、そしてMLBまた日本ならば日本野球機構が、組織を挙げてこのコンプライアンスに関して選手やチームに指導し、適切な対応をとるために必要な知識と対応を学ぶ必要がある。

何より、危険因子と接触させない対応が必要だ。だが、プライバシーの問題もあり、日本でもアメリカでも基本選手任せになっているのが現状だ。長く、かつ質の高い教育を受けていても、コンプライアンスに違反する者は出てくる。一般的にプロスポーツ選手は幼い頃から競技に傾倒し、それ以外の知見や経験が少ない状況に置かれている。その一方で収入は全体として高いので、いわゆる学歴社会と逆の特殊な世界である。

そのため、きちんとした「教育」を受けないまま社会に出てきているも同然な場合が少なくない。そこにはチームや機構による新たな「教育」が並行して進められるべきだろう。
具体的には、球団とは別に規範を監視する第三者が必要だろう。今回のド大谷選手のような私的なつながりからの通訳ではなく、しがらみのない立場から生活面での相談や規律を監視する第三者機関だ。そのためには、選手の一定の行動制限はやむを得ないと思う。それは企業の従業員が社則を守るのと一緒である。社会人として問題行動をしないのは、当然だが、それが問題かどうかは選手自身が判断できずにいる場合も少なくない。今回の場合もそうではないか。問題になる前に相談できる「窓口」を別に用意しておくべきだろう。

本来はこうした問題が発生した場合のチームと選手個人それぞれの対応フォローチャートが必要だが、確立されていない。今回も元通訳の話が先行し、その話が二転し、現時点ではその元通訳の話か聞こえてこない。しかもその中身がが断続的に出てくる始末で、結果として多くの疑念を生み出し、多くの憶測が先行している。巨額の金銭がどのように不法賭博に利用されているのか、現時点ははっきりしない。

例えば、自治体や企業では災害が発生した時の対応について定期的に訓練を行う。図上訓練等や研修、ワークショップなどを通じて、身近なリスクの洗い出しと対策のためのネットワークなどを確立する。

これと同様に、今回のような規律や倫理に関わる面で問題への対応の流れをフォーマットとして確立すべきだろう。情報公開面について、今回のケースでは解雇された元通訳の話が中心で、信ぴょう性が定まらない。当事者である大谷選手とドジャースが情報公開として、期日を提示したうえで、一連の流れを説明する機会をまず設ける必要があった。本来は元通訳が先にいろいろなことを一方的に話すべきではなかった。被害を受けたのは大谷選手であるなら、被害者が先行して捜査当局への手続きやプレスへの発表などをすべきだったのに、後手に回っている。 また、大谷選手側と元通訳側のつじつまの合わない内容が多い。元通訳に「ぶらさがる」取材から派生した多種多様な内容が増殖し、論点がぼやける要因だ。事実関係がはっきりしないうちに、その事件の関係者に、自由に発言させるのではなく、公的な場、クレジットの付いた機会での発言、丁寧な説明が必要だろう。

特に疑念を生んでいる、元通訳の話が二転した経緯は皆が知りたいところだろう。なんらかの圧力が元通訳にかかったのではないか、という疑念は少なからず皆が有している。大谷選手の口座を元通訳が勝手に操作できる状態だったのか、あるいは大谷選手自身が入金を把握しているのか、などすでに疑念の核とすべき論点は上がっているので、そこに対してわかりやすい説明と納得のいく説明が必要だ。

次回は、プロ野球選手と今回のようなチーム内に入るような、スタッフ(ステークホルダー)等との関係におけるリスクについて解説する。

文●古本尚樹

著者プロフィール
ふるもと・なおき。株式会社日本防災研究センター(2023~)。医学博士。阪神・淡路大震災記念人と防災未来センターリサーチフェロー。東京大学大学院医学系研究科外科学専攻救急医学分野医学博士課程中退。専門分野:スポーツ選手やチームの危機管理・コンプライアンス・ガバナンス、防災。

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