「ドイツ代表×アディダス」70年以上に及んだ蜜月関係の終わり【識者コラム】

3月21日、DFB(ドイツサッカー連盟)とナイキ(NIKE)の2027年からのサプライヤー契約締結が発表された。まさに青天の霹靂。70年以上前からアディダス(adidas)の象徴的な3本線はドイツ代表のユニホームに入っていて、栄光の歴史は常にこのフランケン地方発祥の世界的スポーツメーカーと共にあった。

それゆえ「一つの時代の終焉」と嘆く声も少なくないだろう。ロベルト・ハーベック連邦経済大臣も「(ドイツ国旗の)黒赤金と3本線は不可分であり、ドイツのアイデンティティ。地元企業が望ましいのでは」と落胆を隠さない。

ひと昔前ならDFBとアディダスの蜜月関係にひびが入るとは想像もつかなかったが、その転機となったのは2004年、オリバー・ビアホフのドイツ代表マネジャー就任かもしれない。ウディネーゼやACミランでの現役時代を知る人ならご存知だと思うが、ビアホフのキャリアはナイキと共にあった。だが、1996年のEURO決勝で彼がゴールデンゴールを決めた時のシューズはアディダス。2006年のワールドカップ(W杯)まで、ドイツ代表の全選手がアディダスシューズでのプレーを義務付けられていたからだ。

その後、A代表とU-21代表のシューズ選びが自由となり、今はその他のユース代表も制限はなくなっている。

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実は2007年にもドイツ代表のサプライヤー決定に至るプロセスが話題になった。ナイキから8年5億ユーロという(アディダスの)倍近い額を提示されていたにもかかわらず、DFBが最終的にアディダスとの契約延長を選んだのだ。金額云々ではなく『DFBとアディダスの関係は永遠』という口約束が、契約として有効と見なされたのである。

ただ、テレビ放映権などで独占禁止法にも気を配ることとなったDFBは、今まで通りの蜜月関係をベースに暗黙の了解でアディダスと契約延長するリスクを感じたに違いない。また、2016年にアディダスはナイキを意識してか、2018~2022年までの契約をそれまでの倍となる年間5000万ユーロで締結し、さらに追加提案権条項を付け加えた。

この時点で無条件での蜜月関係には陰りが見えていたのだろう。蜜月関係にあった時のアディダスCEOは現バイエルン・ミュンヘン会長のヘルベルト・ハイナー氏。DFBには振られてしまったアディダスだが、バイエルンとの関係はハイナー会長の存在、そして株式の8.33パーセントを所有する事情から安泰と言える。

今回のナイキへの変更をアディダスは報道を見て知ったようで、蜜月関係にはすでに亀裂が入っていたことがうかがえる。現CEOはノルウェー人のビョルン・グルデン氏で、ドイツ代表に対する熱量はハイナー氏ほど持っていないのかもしれない。

DFBは今回「フェアで開かれた公示の結果」として他を凌駕する額を提示したナイキに決定したこと、その経済的メリットがDFBの運営を安定させることを強調している。金庫に余裕があると思われていたDFBも、代表チームの低迷にコロナ禍も重なり、実は経済的に背に腹は代えられない状態だったのかもしれない。

もっとも、ナイキへの変更は2027年から。間近に迫った自国開催のEUROにおいて、ドイツ代表はアディダス本社お膝元の『Adidas-Homeground』をベースに活動する。「ドイツ代表×アディダス」に新たな栄光の歴史が加わることを期待したい。

文●田口哲雄

著者プロフィール/1976年、埼玉県生まれ。東京外国語大学卒業後、渡独。 2006年からケルンの育成部門GKコーチとして働き始め、U-21チームのコーチングスタッフおよびU-15からU-21のGK育成を担当した。19年秋の帰国後、22年末までJFAコーチGK担当。ピッチの内外を問わず、最新のドイツサッカーについては日本屈指の事情通という顔も併せ持つ。

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