GⅠ初戴冠のマッドクールは伸びしろ十分! 一方、1番人気ルガルの惨敗は疑問も“切り捨て”は早計【高松宮記念】

3月24日、春のスプリント王決定戦となる高松宮記念(GⅠ、中京・芝1200m)が行なわれ、単勝6番人気のマッドクール(牡5歳/栗東・池添学厩舎)が2番人気のナムラクレア(牝5歳/栗東・長谷川浩大厩舎)をアタマ差抑えて優勝。重賞初勝利をGⅠの舞台で飾った。

3着には逃げてレースを引っ張った5番人気、外国馬のビクターザウィナー(せん6歳/香港・C.シャム厩舎)が粘り込んで、短距離王国から参戦した意地を見せた。

なお、1番人気に推されたルガル(牡4歳/栗東・杉山晴紀厩舎)は直線で伸びを欠いて10着に大敗。昨秋のスプリンターズステークス(GⅠ、中山・芝1200m)を制し、今回は3番人気となったママコチャ(牝5歳/栗東・池江泰寿厩舎)は、好位を進んだものの直線で失速して8着に敗れた。

前日から雨に祟られ、土曜日最初の芝レースとなった第2レースから馬場状態は「重」。それ以上に悪化することはなかったが当日も小雨が降り続き、タフなコンディションのもとで『雨中の決戦』となった。

ただ予想を難しくしたのは、直線でのコース取りがレースの結果を大きく左右していた点。確かに馬場の外目のほうが状態はいいのだが、芝が剥げて荒れている内ラチ沿いを通っても、外を通った馬と遜色ない伸びを見せていたことだ。ゆえに、いわゆる”外差し”は利きにくく、いかに距離をロスせずにインを突けるかが勝利への必須条件になっていた。
レースはマッドクールが抜群のスタートを切って先頭を窺ったが、「逃げ宣言」をしていた香港のビクターザウィナーがその外から先手を主張し、逃げる形に持ち込んだ。2番手にウインカーネリアン(牡7歳/美浦・鹿戸雄一厩舎)が続き、3番手にはルガルや先手争いを控えたマッドクールとママコチャ。4番人気のトウシンマカオ(牡5歳/美浦・高柳瑞樹厩舎)は先団のなかを進み、2番人気のナムラクレアは10番手のインをキープした。

前半3ハロンの通過ラップは34秒9。「重」の馬場状態を考えれば先行有利のミドルペースだといえる。

第3コーナー過ぎからタフな馬場状態にスタミナを奪われた馬が後退するなか、先頭で最終コーナーを回ったビクターザウィナーは進路を外に取ってゴールを目指すが、インコースの伸びを読み切った坂井瑠星騎手が手綱を取るマッドクールが内から突き抜けて先頭に立つ。そこへ強襲したのが、道中インの10番手付近で息を潜めて追走していたナムラクレアだ。2頭が馬体を併せながら息詰まる追い比べが展開されたがゴールの瞬間、マッドクールがナムラクレアをわずかにかわし、初のビッグタイトルを掴んだ。 通算5勝目となるGⅠを手にした殊勲の坂井騎手は「未勝利戦を勝ったときから、担当の方と『高松宮記念へ行きましょう』と話していました。昨年は悔しい思いをしていたので、ここでリベンジできて本当に嬉しいです」と冷静にコメント。スプリンターズステークスでハナ差2着に惜敗した無念を晴らし、勝利の美酒に酔いしれた。

クレバーかつ思い切りのいい騎乗で着々と実績を積み上げつつある坂井騎手は、ここでもインの先行馬が有利な馬場状態にあることを読み切り、距離のロスを避けながら内ラチ沿いを突き抜けるという理想のレースを展開。マッドクールを終いまで粘り切らせた技術とハートにも、鬼気迫るものがあった。

マッドクールはアイルランド産で、2019年の当歳セールでノーザンファームによって購買された。父はミドルパークステークス(G1、ニューマーケット・芝1200m)を制し、2歳いっぱいで引退して種牡馬入りしたダークエンジェル(Dark Angel)。同馬の産駒から多くのGⅠウィナーを送り出している。

本馬はサンデーレーシングでの募集時には4000万円(100万円×40口)で、極端な高額馬ではなかった。これは日本にあまり馴染みのない血統背景を持つ父、母系も活発ではないという理由もあったのだろうと思われる。

2歳時に右前肢に剥離骨折を負ったこともあり、大事に使われたマッドクールは3歳の5月に未勝利戦を圧勝すると、そこから怒涛の4連勝を記録。昨年のシルクロードステークス(GⅢ、中京・芝1200m)で3着に食い込んだのち、単勝6番人気でGⅠ初挑戦となるスプリンターズステークスで僅差の2着に健闘。一気にスプリント戦線のトップクラスへの仲間入りを果たしていた。

5歳の春にしてキャリアはまだ12戦(6勝)。これからの伸びしろがありそうな、楽しみな存在である。
一方、またもビッグタイトルに手が届かず、2年連続2着に終わったナムラクレアだが、前残りの流れのなかでただ1頭、後方から豪快に差し込んできたのは流石という他ない。今後の進路はまだ分かっていないが、このままの能力をキープできれば秋のスプリンターズステークス、または年末の香港スプリント(G1、シャティン・芝1200m)でGⅠタイトルを手繰り寄せるだけの力は十分だと感じる。

3着のビクターザウィナー以下は上位2頭とかなり離されていて、その結果が道悪にあるのか、その他の要因があるのか分からない点が多いが、特に1番人気のルガルの10着惨敗は評価が難しいところ。西村淳也騎手はレース後、「(課題の)スタートも出遅れず、スムーズに出てくれました。ただ、そのあと直線では伸びなかったので…」と短くコメントを残すにとどまっている。

同馬は昨春の橘ステークス(L、京都・1400m)では不良馬場で2着に5馬身差(0秒8)を付ける圧勝を飾っており、道悪がプラスに働くだろうと多くが予想していた。だが今回が自身初のGⅠ挑戦となって、競馬場の雰囲気やレースの流れに戸惑いを感じ、直線を迎える前にメンタルを消耗していた可能性がある。見事な完勝劇を見せた前走のシルクロードステークスの走りっぷりを見る限り、力量の高さは歴然としている。まだ4歳の伸び盛り馬をこの一戦で見限るべきではないと思うし、今秋の雄飛に期待したい。

取材・文●三好達彦

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