ブラックソックス事件からピート・ローズの永久追放、そして今回の“水原問題”――MLBと違法賭博の「切っても切れない関係」<SLUGGER>

開幕早々に大きな衝撃をもたらした、大谷翔平の前通訳・水原一平氏の非合法スポーツ賭博関与事件。その全容が明らかになるにはしばらく時間がかかるだろうが、ドジャースは問題の発覚後、直ちに彼の職を解いた。これほどまでに迅速な決断だったのは、メジャーリーグにとってギャンブルとは最も許されざる罪であるからだ。

麻薬に嵌っていても、違法な用具を使っても、ドーピングで成績を伸ばしても、対戦相手のサインを盗んだとしても、野球殿堂入りの資格を失いはしない。だが、どんなに優れた実績を収めた選手でも、自らのチームを対象とした賭博に関われば、待っているのは球界からの永久追放。「勝利のためにプレーする」というプロスポーツの根源を揺るがす行為には、かように厳しい措置が取られるのである。

MLBでは創成期から、野球賭博とそれに関連する八百長の蔓延が悩みの種となっていた。1903年に開かれた第1回ワールドシリーズでも八百長が仕組まれていた、との噂があった。球場には常にギャンブラーが顔を見せており、その手先となって勝敗を売り買いするタチの悪い選手が何人もいた。

そうした闇の部分が表面に浮上したのが19年のワールドシリーズであった。レッズがホワイトソックスを破って世界一になったのだが、翌年になってホワイトソックスの8選手が金銭を受け取り、わざと負けるように仕向けていたことが露見し、一大スキャンダルに発展したのである。

前記の通り、八百長の存在は公然の秘密ではあったものの、選手たちが法廷において具体的に関与を認めたとなれば話は違う。コミッショナーのケネソー・マウンテン・ランディスの裁定により、この8選手は全員永久追放処分となった。その中には、当時最高の打者の一人であったジョー・ジャクソンも含まれていた。どんなスター選手でも敗退行為に関わることは絶対に認められない、という大原則はこうして生まれた。MLB人気を危機に陥れたこの騒動は“ブラックソックス事件”と呼ばれ、メジャーの歴史でも最大の汚点として記憶されている。 ランディスはその後も八百長に関わった選手たちの摘発・処分を続け、その数は15人に上った。中には“ブラックソックス”の一人であるバック・ウィーバーのように、実際に敗退行為には関わらなかったものの、工作の存在を知りながら報告を怠ったとして追放された者もいた。このような、少々厳しすぎるとも思えるほど強い姿勢で浄化に取り組んだ結果、少なくとも表面的には、球界から八百長はほとんど消滅した。

その後もMLBはギャンブルとは一線を画し続け、個人的にギャンブラーと交友関係を結ぶことすら問題視された。47年にはドジャースのレオ・ドローチャー監督が1年間の出場停止。90年代にはヤンキースのジョージ・スタインブレナー・オーナーが資格停止処分を受けた。さらには球界を代表するスーパースターだったウィリー・メイズやミッキー・マントルも、引退後ラスベガスのカジノに広告塔として雇われたというだけの理由で、球界から追放された時期があったほどだ。

今でもMLB規則第21条により、MLBおよび各球団の雇用者が野球を賭けの対象にすることは全面的に禁止となっている。水原氏のように自身が試合に関わらない者でも1年間の職務停止、自身のパフォーマンスが試合の動向を左右する選手や監督の場合は永久追放と、明確に規定されているのだ。

もちろん日本でも、公認野球規則(第180条1項)で野球賭博の厳禁を明記しており、これに抵触した巨人の選手が16年に永久追放処分を科されたのは記憶に新しい。 このような状態だったので、MLBの試合は長い間賭博の対象にはなっていなかった。そもそもMLBに限らず他の種目でも、ラスベガスのあるネバダ州以外を除き、すべての州で非合法であった。

しかし裏社会では賭けが行なわれており、その罠に嵌ったのが通算最多安打記録の持ち主であるピート・ローズだった。レッズのスーパースターとして国民的人気を得ていたローズだったが、深刻なギャンブル依存症に陥っており、レッズの監督を務めていた89年、野球賭博に参加していたことが表面化する。

致命的だったのは、彼が自軍の勝敗も対象にしていた点であった。レッズの勝利にのみ賭けていたので敗退行為を演じていたわけではなかったが、それも永久追放を免れる理由にはならなかった。賭博との関連により追放された者は、今のところローズが最後である。ローズはその後何度となく処分の解除を求めているものの、歴代のコミッショナーは誰も応じていない。

こうしてギャンブルとの関わりを拒絶していた球界だったが、近年になって事情が変わってきた。2018年、連邦最高裁がネバダ州以外でもスポーツを対象とした賭博(スポーツ・ベッティング)を合法と認めるとの判断を下したためである。これを受け、各州で合法化が進み、現在でも違法となっているのは全米50州のうちカリフォルニア、テキサス、ジョージアなど12州のみ。水原氏の件も、カリフォルニア州でなければこれほどの大問題にはなっていなかった。 いまやスポーツ・ベッティングは、450億ドル以上の金が動く一大産業。他のスポーツに比べると慎重な姿勢を維持しているMLBでも、ロブ・マンフレッド・コミッショナーは野球人気上昇の切り札と見なしており、22年にはMLBネットワークがベッティング番組の放送を開始した。野球関連の報道でも「○○の優勝に×倍のオッズがついた」といった記事を目にする機会も多くなっている。このようにオンライン上で気軽に参加できるイメージが拡がっていることも、水原氏が手を出してしまった要因の一つと考えられる。

とはいえ、今でもギャンブルとの関わりには慎重を期さねばならない点は変わりない。水原氏の行動は軽率の極みであり、彼がESPNのインタビューで述べた最初の説明通り、もしも親切心から“友人”の借金を補填したのであれば、大谷も脇が甘すぎたとの謗りは免れない。今回の一件がどのような結末に至るかはわからないが、大谷にとどまらずすべてのメジャーリーグ関係者にとって、野球と賭博との関係性を再認識し、襟を正す機会になったのは確かだ。

文●出野哲也

【著者プロフィール】
いでの・てつや。1970年生まれ。『スラッガー』で「ダークサイドMLB――“裏歴史の主人公たち”」を連載中。NBA専門誌『ダンクシュート』にも寄稿。著書に『メジャー・リーグ球団史』『プロ野球ドラフト総検証1965-』(いずれも言視舎)。

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