「SBNR」から紐解く『未来の日本文化のデザイン』【インタビュー後編】

日本文化との関連性が高いSBNR。

「SBNR」って知ってる?急速に拡大する価値観の背景を聞いた【インタビュー前編】に続いて後編では、SBNRから紐解く未来の日本文化のデザイン方法や、SBNRとウェルビーイングの親和性などについて、引き続き価値デザイナーの渡邉賢一さんに聞きました。

朝のお勤めはセルフメディケーション?SBNRとインバウンド

─── 渡邊さんはセミナーや取材などで「日本は有数のSBNR資源大国」と仰っていますね。

はい。インバウンド市場において、人気国の上位の多くがアジアなんです。日本を含み、多神教の国が多く、多様性を尊ぶ文化が定着しています。

アブラハム由来の宗教(キリスト教、イスラム教、ユダヤ教)など一神教の国々から日本に訪れる人々の訪問理由のひとつに、異文化への神秘性の根源にある価値観や生活様式から現代のライフスタイルへのヒントを見つけ出し自らを成長させてゆきたいというトランスフォーマティブなニーズがあります。

─── なるほど。日本文化の精神性を紐解いていくことで、インバウンド需要を見出していけるかもしれませんね。

はい。日本文化の精神性への海外からの注目は、これまで3つの段階を経てきたと思います。第1段階は「ジャポニズム」と呼ばれるような日本文化の芸術性への注目です。浮世絵の画法がゴッホやセザンヌに与えた影響は計り知れません。

また、第2段階は世界大戦などにみる日本文化の精神性の研究です。西洋社会から日本は敵国として研究され尽くしました。戦後に武道が禁止されたりもしました。

そして、第3段階は経済立国を達成した日本への注目です。高度経済成長を支えた日本人の精神性から、現代ではサブカルチャー、ポップカルチャー、ハイカルチャーが融合した「クールジャパン」現象の勃興です。そして現在は、SBNRという世界的な潮流を背景とした日本文化のソフトパワーの再編集時代の到来へとつながります。

例えば、私たちはお正月にお参りに行ったり、お盆に供養に行きますよね。しかし、観光客の仏教徒でも神道でもない人が神社仏閣に行く目的には、ご参拝のため以外には、マインドフルネスやデジタルデトックスのために訪問をしているという現象もあります。

禅や朝のお勤めはセルフメディケーションとして捉えられているので、日本の人たちもそれを理解してないと「供養しに来たのに、あの人たちは全然作法がなってないな」などのミスコミュニケーションが発生するリスクもあります。

これについては色々な意見がありますが「彼らがどういう目的で来ているかを理解して、新しい価値をデザインする」というニーズが高まっていることは確かです。ある有名なお寺では実際に、観光会社と組んで朝のお勤めをセルフメディケーションとして上手に打ち出していたりもするんですよ。

関西圏もこうした動きは非常に早かった印象があります。

そういった風習の打ち出し方に加え、これからツーリズムでは「自然」もポイントになっていくと思います。自分と自然、自分と仲間と自然がどの様に共存していくか。そう言った指針が価値になりつつあるんです。

─── それはエコや持続可能性とは違ったものなのでしょうか?

そういったものとも重なる部分は大きいと思います。それに加えてここでポイントなのは「資本主義一辺倒の社会の物差しだけに頼っていては、人間社会に無力感が広がってしまう」ということではないでしょうか。

冒頭の話にも通ずるところですが、特に現代社会においては、感染症や自然災害など、人間の力ではコントロールできない不可抗力が猛威を振るう事態を全世界が体験しています。そういった状況下で唯一変えられるものは「自分の心の置き方」だと思うんです。

すごく美味しいものを友達と食べれば楽しい気分になるし、森の中で両手をあげながら深呼吸をすると「幸せってこうだよね」と感じたりするじゃないですか。月並みな言葉を借りれば、自然を通してそういった「身近な幸せに気づく」みたいな感じでしょうか。

北欧にアニミズムがあるように、日本には八百万の神という概念がありますし、人間以外にもきちんとその存在価値を認めている国ならではかもしれませんね。

SBNRとウェルビーイング、共通項は「内面の価値」

─── インバウンドと言えば、観光客が都心や特定の観光地に集中している印象もあります。

確かにそうかもしれません。日本の各地域には色々な文化があって、祭り、郷土料理、方言、考え方も多様ですが、どこか「都会」という大きな物が中心にある構図があったように思います。

実際、これまで「地方」という言葉は「都会からの距離が遠い」という意味で使われてきましたが、インターネットで都市と地域の情報格差がなくなった現代では「地方=ユニークネス」という意味に置き換えられる傾向にあります。地域の祭りや郷土料理は目に見えるユニークネスですが、方言や考え方の傾向など、目に見えない地方独自の個性もたくさんあります。

そういった「そのままの姿」を海外のSBNRシフトに合わせながら、きちんと再編集して打ち出していけるか。これも僕たちの仕事であり、工夫のしがいがあるところですね。

─── 都心と地方の二項対立構造ではなく、地域ごとの魅力をSBNRの視点から同等のものとして発信する。

日本は東西に長いので国全体で統一して何かやりましょうと言っても、北と南ではまるで地形も気候も社会風土が違います。その土地ごとの自然環境に対応した独自の風習や文化が生まれ、現代まで地域文化として続いてきています。

前半でお話ししたように、日本が高度経済成長した際に、急速に都市化が進み、地方の中小都市が衰退してしまった時代もありましたが、今こそ全国津々浦々に存在している地域の多様性を守り抜き、それを日本全体の本質的な強みとして広めていきたいですね。

─── SBNRについてお話をお聞きするなかで、「ウェルビーイング」とも似ているように感じました。

SBNRは精神的なシフトに対する社会現象指標であるのに対し、ウェルビーイングは更に人の内側に寄った「本当の自分の力を引き出していくための行動指針」だと思います。

SDGs目標は、ウェルビーイングな社会づくりを後押ししていますが、最近ではIDGs(Inner Development Goals=内面の成長目標)という考え方も広まってきています。SDGsは「この数値を何パーセントにしましょう」といった指標ベースのアプローチが多いですが、生活様式や価値観をより共生型に変えてゆくためには、まずは心のシフトが大切です。IDGsは、SDGsを実現するために必要な私たちの内面成長の要素をフレームワーク化したものです。

SBNRやIDGsをはじめ、今後も「人間の心に寄り添った社会環境を作っていきましょう」という考え方は加速していくと思います。その風向きをどれだけ早くキャッチして伝えていけるかも、私たち価値デザイナーや、メディアの腕の見せどころですね。

編集:林 慶

(ウェルなわたし/ 中村 梢)

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