退職の日

 その日-。仕事一筋に生きた戦中派の「父」は〈焦(じ)れったいくらい当たり前〉に職場に向かう。しかし、「母」はその日の夕方、いつもと違って玄関先で夫の帰宅を待ち受け、こう声をかける。〈ありがとう。長い間ご苦労さま〉▲やっぱりいつもと同じように静かに靴を脱ぎ、照れくさそうに息子に笑いかける父、胸をよぎるのは安堵(あんど)か、充実感か…さだまさしさんの「退職の日」(1983年)が心に響く一日が今年も巡ってきた▲官公庁をはじめ、きょうの金曜日が年度末最後の就業日となる職場は多い。雇用の延長や退職後の再任用も広がって「定年」の意味も「退職」の風景も様変わりしつつある今の時代だ。とはいえ、やはり大きな区切りの日▲予報の通りならば、雨降りの昨日からは一転して穏やかな春風と咲きそろい始めた桜の花がいつもの通勤ルートを彩っているはずだ。“ご卒業”を迎えられる皆さん、おめでとうございます▲さて「カップリング曲」と呼ばないと、若い人には意味不明かもしれない。シングル盤レコードの「退職の日」のB面に収録されているのは軽快な曲調の「心にスニーカーをはいて」▲職場を去ってもゴールはまだまだ先、どうぞ軽やかな足取りで次のステージへ…さださんのメッセージがニクい。深読みが過ぎるか。(智)

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