対馬「赤米神事」存続の危機 唯一の「頭仲間」主藤さんが療養中 種もみ保存やアーカイブ化進める

たいまつを手に神事に臨む主藤公敏さん(右)=2018年2月、対馬市厳原町豆酘地区

 長崎県対馬市厳原町豆酘(つつ)地区に伝わる、古代米をご神体とする「赤米神事」=国選択無形民俗文化財=が、2019年以降休止している。神事を継承する唯一の「頭(とう)仲間」である主藤公敏さん(73)が病気で療養中のためだ。市教委文化財課は24年度から、神事の映像のアーカイブ化や、市内外の有志でつくる保存組織の設立などを計画。赤米を次世代につなぐための取り組みを進める。
 豆酘地区は日本の稲作伝来の地とされ、千年以上前から赤米を栽培している。赤米神事は、豊作などを願う行事。頭仲間と呼ばれる住民は、地区内の神田で赤米を育てる。赤米を俵に詰め自宅の座敷につるす「お吊(つ)り坐(ま)し」や別の頭仲間に俵を引き継ぐ「頭(とう)受け」など年間10回ほどの神事を1年間の輪番で続けてきた。だが近年の農業離れなどで脱退が続出。1996年に9人いた頭仲間は2007年に公敏さん1人となった。
 公敏さんは19年10月の稲刈り直後に脳出血で倒れ一時意識不明に。つえで歩けるまでに回復し、自宅療養を続けていた。今年2月には脳梗塞を発症し、市内の病院に入院。妻の紀佐子さん(73)によると、公敏さんは順調に回復し、3月下旬に退院した。
 市教委などによると、赤米神事には厳格なしきたりがあり、部外者が代行することはできない。紀佐子さんは、年間を通した神事や赤米の栽培は身体的にも経済的にも負担が大きいとした上で「脳梗塞以前に(公敏さんは)身体が不自由で、できるような状況ではない」と話す。
 公敏さんが19年に倒れた翌年の20年には、親族らでつくる「赤米頭受(とううけ)行事保存会」のメンバーらが神田で赤米を栽培していたが、昨年同会は事実上解散。神田での栽培もままならない状況となっている。
 市教委文化財課は赤米の種の保存に向け、23年度は地元住民の協力を得て神田以外の場所で栽培。種もみを残すため専用冷蔵庫の購入を検討しているという。
 同課は神事関連資料のアーカイブ化も目指す。しきたりを伝える過去の映像を残すことで、将来的な神事復活に備えるためだ。田中淳也課長は「次世代に神事をつなぐため、過去の映像などを残したい」とし、関連資料を募集している。

休耕地と化し、雑草が生い茂った赤米神田。市教委は除草作業を随時実施しているという=昨年10月、対馬市厳原町豆酘地区

 神田は今のところ休耕地状態。除草は随時しているが、途絶えている神田での栽培復活に向け、今春にも神田を整地する方針だ。栽培は地区内外の有志でつくる新しい組織で担うことを模索している。田中課長は「主藤さんが望まないことはできない」としつつ「民間や地元の人だけで赤米を残していくことは厳しい。主藤さんの理解を得た上で裏方としてできることを続けたい」としている。

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