いい電100年(4月8日)

 遠い幻影のようだ。赤とベージュの車両は、どこか愛らしかった。往年の姿を記憶の引き出しにそっと、しまう福島市民は少なくないだろう。福島交通飯坂線はなぜか、郷愁を運んでくる▼市内出身の日本画家・斎正機さんは本紙に長期連載中の「福島鉄道物語」を、飯坂線の思い出から始めた。小学5年生の秋、夕日の上松川橋を走る列車の美しさに息をのむ。絵描きになる出発点と振り返った。雄大な吾妻の山並みに、麓をたどる松川の清き流れ…。錦絵を悠々と横切る単線は、いとしい古里そのものだった▼愛称は「いい電」。今月13日に、開業100年を迎える。都会の電車のように急ぎはしない。福島駅と飯坂温泉駅間の9.2キロを、各駅に止まり23分で結ぶ。沿線は果樹畑から住宅街に様変わりしても、人々の暮らしを運ぶ車輪の音は往時のまま。節目を祝い、感謝を伝える中づり広告が車内にお目見えした。懐かしの車両デザインが紹介されている▼インバウンド隆盛の時代。温泉街の関係者は外国人の誘客に力を入れている。どうぞ、車窓の風景を目に焼き付け、湯ぶねの中へ。名湯へいざなう鉄路は、あったかい湯けむりと一緒に世界の記憶の玉手箱に、しっかり収まる。<2024.4・8>

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