「えっ! デインズが首位!?」日本人CEOはいかにしてベルギー2部クラブを“四面楚歌のスタート”から快進撃へ導いたのか【現地発】

KMSKデインズ の飯塚晃央CEO(最高経営責任者)は、シーズン開幕前からベルギー2部リーグ機構に「ズルテ・ワレヘムとの試合は、うちのホームゲームを後にして土曜日の夜8時キックオフにしてほしい」と根回しを始めていた。

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かつて、デインズはベルギー2部リーグでワレヘムと凌ぎを削った時期があった。1997年3月9日、8000人のファンを集め、2対1でデインズが勝利したダービーマッチは、今もなお語り草だ。

その後、破産したワレヘムは『ズルテ・ワレヘム』として再スタートし、ベルギー1部リーグの常連チームになった。彼らは2012-13シーズンには2位という好成績を残し、16-17シーズンはベルギーカップで優勝した。一方、デインズはベルギー2部リーグと3部リーグが主戦場だったため、久しく両者のダービーマッチは公式戦で実現しなかった。

因縁の戦いは昨季、ベルギーカップのラウンド・オブ16で対戦したことで復活した。着席850人収容のデインズのホームスタジアムに3000人が集まったダービーは、1-2の僅差でズルテ・ワレヘムに凱歌が上がった。

ズルテ・ワレヘムが降格したことによって、今季は両チームともにベルギー2部リーグで顔を合わせることになり、1部昇格を目ざしてお互いに火花を散らすことになった。飯塚CEOの目論見通り3月30日土曜日、夜8時――まさにシーズン終盤の大一番で、デインズ・ホームのダービーマッチが開催された。デインズは3位、ズルテ・ワレヘムは6位。共に1部昇格の可能性を大きく残している。

「ズルテ・ワレヘムに勝って力関係を逆転し、『この地域のリーダーはデインズだ』と宣言するぐらいの意気込みでした」(飯塚CEO。以下同)

しかし、結果は1-1。終了直後の飯塚CEOは悔しさを滲ませながらも、冷静に試合を振り返った。

「落ち着いて試合に入りましたし、そんなに悪くなかった。ズルテ・ワレヘムに先制されたのも想定内。後半勝負の試合だったので、後半早々に追いつけたのは良かった。ハイプレスでボールを取りきった後、決めきりたかったですね。しょうがない」
2026年に100周年を迎えるデインズだが、過去にベルギー1部リーグで戦ったことはない。そんな彼らは今季、ベルギー2部リーグで台風の目になり、24節でRSCAフューチャーズに勝って首位に立った。

「『えっ! デインズが首位!? 彼らが1部に上がるかもしれないの??』とベルギー中が本当に驚いていました」

今季、スタートに躓いたものの第15節、強豪ベールスホットを敵地で2-1で下してからデインズは7勝2分け1敗と波に乗った。第22節、ベールスホットとのホームゲームは今季最高の1761人を集めて4-2で快勝した。

「とても熱い試合で『今季のリーグ全体で見たベストマッチだ』とおっしゃってくださった人が多かった。戦術的なせめぎ合いが結構あって、デインズはポゼッションを捨てて前半のうちに戦略通りに2-0にした。そこから相手が攻勢に出て2-2にしてから、今度はうちがロングカウンターから2点を取りきった。個人のレベルでも、戦術のレベルでも2部リーグの中では最もハイレベルな攻防で、サッカーのいろんなものが詰まった試合でした。こうして『デインズはエンタメ性の高い、良いサッカーをしている』と皆さんが感じてくれました」

この勝利でデインズの町のクラブに対する期待が高まり、ズルテ・ワレヘムとの大一番では4400人が詰めかけた。市長を始め、この試合は町をあげての応援だった。小野寛幸氏がCEO(最高経営責任者)を務めるACAフットボール・パートーナー(所在地はシンガポール)がデインズを買収して2季目だ。

「最初はデインズ市もまったく協力的でなく、連絡をしても梨のつぶてだったことも。サポーターとは今でこそ、試合後にハイタッチをしたり、私のことを『アキ』と呼んでくれるようになりましたが、最初は彼らと会議をしても後ろに座って手を組んだままムスッとしていました。これは私たちにとってトバッチリなんですが、市長と地元の実業家が仲が悪いことから、『バックスタンドは違法建築』と言いがかりを付けられて裁判で争うことになり、現在まで1年半にわたり使用できなくなりました。『デインズはベルギー1部リーグのライセンスを取れないから、ムスクロンに移転する』というデマも流されました。しかもチームが最下位に沈んで、私たちとプロジェクトを立ち上げた白石尚久元監督を解任しないといけませんでした。当時は四面楚歌でした」

日本人主導のクラブ経営に内勤のスタッフも懐疑的で、多くの人がデインズを去ったという。

「我々のプロジェクトが信じるに値するというところに、皆さんのフィーリングを持っていくことを、1年余りずっと取り組んできました。そこが一番きつかったですね。『サッカークラブ経営のゴール』は何か? そこにはいろいろな定義があると思いますが、私のなかで心に決めていることが『競争力のあるチームを作って、リーグ戦でしっかり結果を出す』ということ。サッカークラブ経営成功の指標には『フットボール面での成功』が最初に来ないといけません。1年目に最下位に落ちた時点でもう競争力のあるチームではなくなってしまった。しかし、我々のプロジェクトが正しいことを証明するために、死にものぐるいでやってきて、昨年12月ぐらいから皆さんの我々を見る目が変わりました」

ズルテ・ワレヘム戦は「バックスタンドを開放して観客を入れないと、試合のオペレーション上危険」という裁判所の許可が降り、多くのファンを収容することができた。こうした難問を一つひとつ解決していきながら、飯塚CEOは懐疑的だった周囲を味方にしていった。

飯塚CEOはACAFPが運営するYouTubeチャンネル、「PlaysiaTV」で配信している独自ドキュメンタリー内で「いつ死んでも悔いはないと思うぐらい、精一杯やってます!」と言い切っていた。しかし一時は首位に立ったものの2連敗を喫し、ズルテ・ワレヘム戦も引き分けてしまい3位に。私は「今、死んだら悔いが残りますよ」とジョークを飛ばすと、飯塚CEOは「それは確かに悔いが残りますね」と笑ってから続けた。

「しかし、チームとしての結果と、私がやっていることは別軸というところがあります。これはサッカービジネスでよくある話で、今日、ズルテ・ワレヘムに引き分けたのは悔しいですけれど、チームが勝ったり負けたりするというのは、ビジネスサイドからするとコントロールできない話です。私がやることは、勝つ確率を高くするための準備をするだけ。その準備を100%やっているので、死んでも悔いはない――ということです。現時点でも、その気持ちは揺らぎません」

ダービーの長い1日が終わった。

「この試合は本当に何が起こってもおかしくなかった。例えばゴール裏の柵が低いので、ズルテ・ワレヘムのサポーターがピッチになだれ込んだら、うちのサポーターも反応して暴動が起こったかもしれません。今日は無事に終わってよかった。残り3試合、頑張って1部昇格を目ざしますよ」

飯塚CEOはそう言うと、多くのファンで賑わう深夜のスタジアム内ラウンジへ消えていった。

<後編につづく>

取材・文●中田 徹

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