社会の施術(4月12日)

 29年前、ある男性外科医が福島市の総合病院で病床に伏していた。56歳。末期の肝臓がんだった。自らの職場で最期の息をつく。無念さは察して余りある▼当直の勤務は長時間に及んだ。帰宅後もしばしば呼び出される。休日の午前中は入院患者の回診に費やす。すぐ駆けつけられるよう、近くに家を構えた。「患者に盆も正月もない」が口癖だった。激務はいつしか体をむしばんでいた。健康を省みる余裕はなかったのか。周囲は悔やんだ▼働き方改革で4月から医師の時間外労働に上限が設けられた。地域医療の維持に苦心する県内医療の現場を、本紙は先月の紙面で伝えた。県内で勤務経験がある医師で作家の中山祐次郎さんは、医師の自己犠牲が日本の高い医療水準を支えてきたと断言する。「医師だから体力があるわけではなく、家庭をないがしろにして良いわけではない」とも▼男性外科医は亡くなる少し前、意識がない中で両腕を上げ、交差させながら小さく回すしぐさを繰り返した。手術の際、患部を縫合するように。身をささげた聖なる医道が満身創痍[そうい]なら、やさしく包帯をかぶせてあげる社会の施術が要る。命の最前線に寄り添う改革となりますように。<2024.4・12>

© 株式会社福島民報社