生活守れる制度とは 日本女子大岩田名誉教授と服部弁護士に聞く 希望って何ですか 第4章特集ー読者とともに考えるー

岩田正美氏

 最後のセーフティーネットと呼ばれる生活保護制度について「制度疲労を起こし十分に機能していない」と指摘する声や、困窮する子育て世帯が申請をためらう現状がある。生活や医療など八つの扶助を分け、それぞれで利用できるようにする「生活保護解体論」を唱える貧困研究の第一人者・日本女子大の岩田正美(いわたまさみ)名誉教授、実務に詳しい県弁護士会副会長の服部有(はっとりゆう)弁護士に、あるべき制度の考え方や現行制度の基本的な仕組みなどについてそれぞれ聞いた。

 

■「全保障」を「パーツ型」に

 新型コロナウイルス禍や物価高騰があって生活が苦しいと感じている人が増えているのに、生活保護の保護率はほぼ変わっていない。つまり、制度が生かされていない。

 ずいぶん前から制度疲労を起こしていると思っている。社会保障の中に占める生活保護の位置が非常に低い。「すっからかん」にならないと使えない制度になっている。

 何もかも困窮している人なら、医療から子どもの教育費まで全部そろった「セット型」の保障になっているのでパーフェクトな制度という見方もできる。しかし、生活保護を受けさえすれば全部面倒を見てあげるという制度のため、生活保護受給層という階層をつくってしまった。

 利用するには収入が保護基準以下に加えて、現金保有も半月分までしか認めていない。審査に2週間かかるので、その間に食べるためのお金だけ。現実の生活から考えるとあり得ない。これは全部脱がされた丸裸の状態で、一番いけないのは丸裸の状態しか貧困として認めていないことだ。

 生活保護は戦後すぐにできた社会保障制度で、改正されて現在の制度になった1950年以降は、ほとんど変わっていない。憲法25条を基礎にした最低生活保障をつくりたいという理想がある一方で、極貧層に対応したいという考えがあったと思う。戦後の貧しい時代だったので、始まった時にはそれでもよかった。

生保解体論

 「解体」は生活保護をなくしてしまえというものではなく、「パーツ型」にしてはどうかという考え。八つの扶助をばらばらにして部分的に使えるようにする。現代の貧困では、働いていたり年金が少し入ってきたりするが、それだけで生活するには足りないという状況がよくある。個々のニーズに応じて部分的に使えるようにすることで、こうした人を下支えできるようにするべきだ。

 部分的に使えるようにすることで、「今、ちょっと苦しい」という人を早めに救済できれば、そこから自力で浮上しやすくなる。

 一番部分的に使えるといいのは住宅扶助だ。リーマンショックの頃から住宅問題が大きくなり、生活困窮者自立支援法にある住居確保給付金という制度ができた。しかしこれは3カ月(延長で最大9カ月)しか使えない。国土交通省の住宅セーフティーネット制度もあるが役に立っていない。

 日本は国の制度としての住宅手当がない。これは日本が持ち家政策を進めてきた国だからだ。不況や災害、またコロナ禍でもそうだが、不測の事態が起きると住宅問題になる。ここが日本の社会保障の最大の弱点と言える。住宅手当は強力に進めていく必要がある。

 社会保障や福祉サービスは、その人の状況に応じてさまざまなサービスを組み合わせて使うことで良さが発揮される。八つの扶助は社会保険などの社会サービスの中に溶け込ませ、生活する上で足りない部分を補完すればいい。

 例えば、生活扶助は部分的に年金や失業保険の補足給付とする。医療扶助や介護扶助は、医療保険や介護保険に現在ある困窮者の負担を軽減・免除する低所得者対策を拡充する。教育扶助も既存の就学援助を拡大させることで対応するというのが一つの考えだ。

組み合わせ

 何かがあると生活を維持できなくなるという時代の雰囲気がある。住宅手当が部分的に使える制度があれば、災害やコロナ禍のような非常時にも特別な制度をつくらずに済む。

 困った時にも最低限のサービスがあるという状況にしておけば、老後の資金を気にする必要性が低くなるかもしれない。そうすれば、萎縮せずに生きていける。その方が経済にも良いのではないか。

 生活保護は税金で行うのでバッシングされるが、社会保険の中にも大量の税金が投入されている。スウェーデンやオランダは保険料と税金は一緒と考え、徴収も一緒にやっていく流れがある。

 人生に激変がある中で、「少し使う」という経験を多くの人がする。そうすればバッシングもなくなっていくのではないか。

 生活保護は貧困の中の最も下の層に対する生活保障というイメージが強い。生活保障がいろいろな組み合わせで実現するという考え方が希薄だと思う。社会保障全体を見渡しながら、最低生活保障を考えていく必要がある。

◆日本女子大 岩田正美名誉教授◆

 中央大大学院経済学研究科修了。博士(社会福祉学)。1998年に日本女子大人間社会学部教授となり、2015年に定年退職。厚生労働省社会保障審議会委員、同審議会生活保護基準部会部会長代理などを歴任した。

 

 

■社会との分断 回避を

 生活保護法4条は「保護は生活に困窮する者がその利用し得る資産、能力、その他あらゆるものをその最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる」と定めている。つまり生活保護は、最低限度の生活をするための補足性の制度ということ。

 

 補足性とは、自分の能力や資産を足していっても最低生活費に満たない場合に、その差額を支給することを指す。

 自動車は資産になることや維持費がかかることなどから、原則所有することはできない。ただ、必ずしも車を手放さないと保護を受けられないということではない。例えば障害があって車がないと生活に支障が出る、公共交通機関へのアクセスが悪い、就労のために必要といったケースでは認められることもある。

 県内では過去に那須町で保有が認められたことがある一方で、交通の便が良い市街地では認められないこともあり、地域間格差はあると言える。

 ただ車がなくなってしまうと、子どもの部活動の送迎ができなかったり、買い物に行けなくなったりしてしまう。そうすると社会と分断されてしまう。相談を受ける職員はじっくりと話を聞いて、保有が認められるかどうかを判断してほしい。

 福祉事務所が生活保護を申請した人の親族に援助が可能かどうかを問い合わせる扶養照会が、申請をためらう理由の一つになっている。民法で一定範囲内の近親者が扶養義務を負うと定められている以上、連絡が行くのはやむを得ない。ただDVや虐待があった場合などは照会が行われない。

 精神疾患を発症するなど働けなくなってから申請、受給につながることが多い。そうではなく、まだ働く力があるという手前の段階で使える制度であるべきだ。

◆服部有弁護士◆

 信州大大学院法曹法務研究科を卒業後、2010年に弁護士登録。首都圏生活保護支援法律家ネットワーク所属。20~23年、県弁護士会消費者問題対策委員会委員長を務め、24年度県弁護士会副会長。

岩田正美氏
服部有氏
服部有氏

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