成富兵庫茂安の功績たたえ 吉野ヶ里町松隈・蛤水道 1.2キロの水路整備

成富兵庫茂安の功績をたたえる「兵庫祭」で献杯する参加者=吉野ヶ里町松隈

 佐賀鍋島藩家老で、蛤(はまぐり)水道などを築き「治水の神様」として知られる成富兵庫茂安(1560~1634年)の功績をたたえる式典「兵庫祭」が10日、吉野ヶ里町松隈の蛤水道ため池近くの水功碑前で開かれた。

 茂安は江戸時代初めごろ、夏場の田手川の水不足を解消するため、蛤岳の山頂付近にため池を築いて周囲に1260メートルの水路を通し、田手川上流の坂本川に導水した。蛤水道に数カ所設けられた野越しは、洪水で決壊する前に崖下の那珂川に水を逃がして堤防を守っている。

 式典は茂安の治水事業、水路を守り抜いてきた先祖へ感謝の気持ちを込めて毎年開かれており、行政関係者など約60人が参加した。伊東健吾町長が「吉野ヶ里町内でも、蛤水道により水が届いている面積が700ヘクタールもある。茂安の治水事業にこれからも感謝し、この水路を使っていきたい」とあいさつした。(樋口絢乃)

成富兵庫茂安の水功碑で、神事を行う伊東健吾町長=吉野ヶ里町松隈

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