4億4千万円の片棒を担いだブービー人気テンハッピーローズ、世紀の“一発大駆け”はいかにして生まれたか【ヴィクトリアマイル】

12日、マイル女王決定戦・ヴィクトリアマイルは単勝208.6倍のテンハッピーローズがGIタイトルを手にし、GI単勝配当ランキング4位へ浮上。ビートブラックの天皇賞・春「159.6倍」のインパクトを超え、WIN5の的中票をたった1票にし、4億4605万円という驚異の払戻金の片棒を担いだ。

14番人気テンハッピーローズの一発大駆けはいかにして生まれたか。大きく2つの視点からその答えを探る。

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■瞬発力勝負を阻止した前傾ラップ

まず一つ目は適性だ。今年のヴィクトリアマイルは前後半800m45秒4-46秒4と後半が1秒も遅い、いわゆる前傾ラップだった。前半600mは12秒2-10秒5-11秒1で33秒8。ヴィクトリアマイルで前半600m33秒台が記録されたのは2019年(勝ち馬ノームコア)以来、5回目になる。近年は安田記念でも前半より後半が速い後傾ラップが目立ち、ヴィクトリアマイルもまたしかり。折り合って後半勝負が定番になりつつあるコースとしては珍しい猛ラップになった。

このペースを呼び込んだのはマスクトディーヴァとナミュールだ。どちらも瞬発力に長けており、東京の直線なら間違いなく弾ける。一方で、ブリンカー着用のコンクシェルは瞬発力勝負では太刀打ちできない。2番手のフィールシンパシーも同様で、先行勢が2強を負かすには、厳しい流れを演出して瞬発力勝負を避けるしかなかった。

だが、2強を意識した先行勢の戦略は決して間違っていない。勝ちに行く競馬だったのは事実だ。ナミュールもマスクトディーヴァもそれぞれ敗因はあるかもしれないが、リズムを乱すハイペースが響いた側面はあるだろう。自分の競馬に持ち込むこと、これこそがあえて先を行くものたちに与えられた特権だ。ペースを落とし、わざわざ相手の瞬発力を引き出しては意味がない。

勝ったテンハッピーローズは前進気勢が強く、それが出世を阻んできた。1400m中心のレース選択は折り合えるペースを探してのものだったが、3走前朱鷺S勝利をきっかけに再びマイル路線に舵を切った。今回の前半600m33秒8という流れは1400mを得意とするテンハッピーローズにとって心地よかったのではないか。実際、外めを追走しても折り合いがつき、中団馬群の一番後ろという最高のポジションに収まった。津村明秀騎手も人気薄ゆえに、相手を意識せず、騎乗馬を気分よく走らせることに集中していた。

川田将雅騎手、藤岡佑介騎手ら腕達者がいた競馬学校20期生のなかで、馬乗りで群を抜いていたという、折り合いに長けた津村騎手だからこそ、前に馬がいない状態でもテンハッピーローズのリズムを整えられたのだ。スタートから4コーナーまで無駄に動かずナチュラルな形で運び、4コーナーから押し上げ、外の進路を作りながら前を射程圏内に入れる。完璧といっていいレース運びだ。

■東京の底力勝負で活きる血のあと押し

東京のハイペースで手応えよく4コーナーから動く姿は血の影響も大きい。父エピファネイア、母の父タニノギムレットで父母ともロベルトが濃い。ロベルトといえば、ブライアンズタイムに代表される大舞台に強い血脈だ。軽い馬場に強いサンデーサイレンスに対し、道悪やハイペースの持続力勝負に適性があり、前哨戦で負け、GIの底力勝負で目を覚ます。

ロベルトはかつて逆転の血として、競馬ファンに頼られてきた。後継種牡馬が育たず、今ではエピファネイアぐらいだが、ハイペースのGIでの輝きはなんら変わっていない。

母の父タニノギムレットもテンハッピーローズの激走をあと押しした。産駒の代表といえば、この日10レースにメモリアルレースが組まれたウオッカだ。そのベストパフォーマンスは2008年天皇賞・秋。ダイワスカーレットが演出した過酷な流れにウオッカの底力が引き出された。タニノギムレットもウオッカもダービー馬。東京の底力勝負の血だ。

元来、左回りが得意なテンハッピーローズはスローの阪神牝馬Sで敗れ、厳しい流れのGIで逆転と、東京マイルのハイペースへの適性はいまや語るまでもない。一方で、適性はやってみないと分からない部分もあり、事前に察知するのは容易ではない。みんなが、テンハッピーローズの適性をつかめていなかった故の「単勝208.6倍の14番人気」だ。

■2強が取りたかったポジション

もうひとつのポイントは序盤のポジションにある。ベストポジションはテンハッピーローズが位置した中団後ろの外。ここを取りたかったのがマスクトディーヴァとナミュールだった。当然、二人の名手も速い流れを察知し、内にいる先行馬が下がるため、進路を作りやすい外を狙っていた。しかし、ナミュールはスタートで遅れ、後方からのレースを余儀なくされた。道中も外に出せるポジションを模索したが、少し下げたところに後ろからルージュリナージュに来られてしまった。

ナミュール自身の出遅れもあったが、スタートで後手を踏み、腹をくくって直線勝負にかけた馬がもう一頭いたことも響いたと言える。そのルージュリナージュは追い込んで5着。力を出せるポジションだったのだ。

マスクトディーヴァも序盤は外を意識していた。だが、サウンドビバーチェが外にいて、出させてもらえなかった。昨秋からマジックマン・モレイラ騎手に変幻自在の競馬を見せつけられた日本勢は、当然ながらモレイラ騎手を意識した競馬が目立つ。中盤以降はドゥアイズがプレッシャーをかけたこともあり、マスクトディーヴァは最後まで外に出せず、内に切り返すしかなかった。結果、これが着順に響いた。

競馬は最後の攻防に注目しがちだが、それはほぼ序盤のレース運びに起因する。スタートやポジション争いなど隊列が決まる前の「初手」で背負ったハンデを最後にひっくり返せることはそう多くない。これは実体験としてあるはずだ。たとえば、本命馬が思ったより後ろのポジションになった、外差し馬場でスタート直後に内へ入ってしまった、最初のコーナーで馬群に入り砂を被る形になった……こうした事象を目にしても、馬券が的中したという経験は少ない。

波乱の立役者テンハッピーローズが外からライバルたちをねじ伏せたのは、2強が欲しかったポジションに収まり、序盤から中盤にかけての完璧なレース運びをみせたからだ。それは津村騎手が一つ一つ丹念に勝利を積み、栄光のときを求め、たゆまぬ努力を続けた成果でもある。

競馬はわずかなことで結果がいかようにも変わるから、面白い。大波乱のヴィクトリアマイルはそんな繊細さを教えるGIでもあった。

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◆著者プロフィール

勝木淳
競馬を主戦場とする文筆家。競馬系出版社勤務を経てフリーに。優駿エッセイ賞2016にて『築地と競馬と』でグランプリ受賞。主に競馬ニュース・コラムサイト『ウマフリ』や競馬雑誌『優駿』(中央競馬ピーアール・センター)にて記事を執筆。Yahoo!ニュースエキスパートを務める。『キタサンブラック伝説 王道を駆け抜けたみんなの愛馬』(星海社新書)などに寄稿。

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