話題の“脳混乱系”リズムゲーム『ポリリリリズム』 制作者・なまり&すなじろに聞く、ヒットのワケ

2024年のゴールデンウィーク、あるリズムゲームがXで大きな話題になった。『ポリリリリズム』というゲームである。ミュージシャンには知られているが一般的ではないテクニック「ポリリズム」にフォーカスした作品で、異なる拍子――たとえば3拍子と4拍子と5拍子とが同時に進行していくような音楽のことを指す。

ゲームの内容は非常にシンプルで、ひたすらループされるポリリズムに没入しながらキーを叩き続けるのみ――。そんなシンプルなゲームにも関わらず、『ポリリリリズム』に魅せられた音楽ゲーマーたちが続々と参戦、公開5日目にしてピアニストの角野隼斗(かてぃん)が当時の世界記録を達成するに至った(なお、角野隼斗自身も音ゲーマーである)。

開発したのはサークル・ナマリカルテの主宰で、医師であり、ゲームクリエイターとしても活動するなまり氏。彼はロンドンの音楽家であるジェイコブ・コリアーが左手各指で〈2:3:4:5:6〉のポリリズムを刻む動画を観た影響から、本作を開発したのだという。そしてUI/UXに強く影響を与えているアンビエントな音響を担当したのは、先日自身の作品『Sky Fragment EP』をリリースしたばかりのコンポーザー・すなじろ氏だ。

数日の開発期間で、いわば“息抜き”として趣味的に作られた本作は、なぜ歴戦の音ゲーマーたちに衝撃を与え、魅了したのか。その理由を、開発者ふたりへの取材を通して迫ってみたい。

■キッカケはジェイコブ・コリアーの動画から

――まずはおふたりの経歴について教えてください。

なまり:医師でゲームエンジニアをしているなまりと申します。といっても、単に医師免許を持っているゲーム制作者で、それを制作に活かしている訳ではないのですが。大学時代にゲーム制作に目覚め、研修医を経て、東京で医師として働いています。現在は、ゲームサークル・ナマリカルテを主宰してゲーム制作メインに活動しています。

すなじろ:私は中学生くらいの頃から曲作りを始めて、約12年目になります。本業は別にあるのですが、就職してからもずっと趣味の範囲で気ままに作曲活動を続けている形ですね。

――おふたりの出会いについても教えてください。

なまり:もともと、1週間でゲームを作る企画「unity1week Team-Up!!」にチームで参加するために、僕から「Team-Up!!」のDiscordでメンバーの募集をかけたんです。その時にサウンドクリエイターとして来てくれたのが、すなじろさんでした。そこから、今回の『ポリリリリズム』を制作するにあたって相談を持ちかけて……という形です。

すなじろ:なので、出会いは本当に偶然なんですよね。

――『ポリリリリズム』はリリースして以降、大きな話題になっていますね。この反響を開発者としてどう捉えていますか。

なまり:『ポリリリリズム』はもともと、気分転換として短期間で作ったゲームだったんです。なので、当初はここまで人気が出るとは思っていませんでした。けれど、結果的に代表作のひとつになっていて、驚いています。

すなじろ:最初になまりさんから『ポリリリリズム』のお話を聞いた時、正直「難しすぎてプレイされないのでは?」と思っていたんですよ(笑)。なまりさん自身も「遊んでもらえても20人~30人くらいだろう」と想定していたようですが……。Xでメンションされていることもあり、私のアカウントにも通知がすごくたくさん届いていて、こんなにバズることがあるのかと(笑)。

――音楽家のジェイコブ・コリアーの動画にインスパイアされて作り始めたそうですが、元々彼のファンでした?

なまり:じつは、元々はまったく存じ上げなかったんですよ。ちょうどXを見ていたときに「指5本でそれぞれ違う数のポリリズムを叩く」という動画を見つけて、それで知りました。それから「ポリリズム」という概念にハマり、YouTubeの動画を見漁って、それを用いた楽曲も知っていった感じですね。

ジェイコブさんは音程を細分化する「微分音」の話もしていたので、当初は「微分音絶対音感ゲーム」にしようかとも考えたんですよ。どちらも一般受けしないと思うのですが、まだポリリズムの方が大衆向けかなと。微分音だとテストプレイが一切できなくなってしまいますし(笑)。

――音ゲー自体は『A dance of fire and ice(adofai)』で開眼されたとブログに書かれていらっしゃいましたね。

A Dance of Fire and Ice [Indie World 2024.4.17]

なまり:もともと音ゲー自体は嫌いではなかったのですが、上からたくさんのノーツが落ちてくると自分のキャパシティを超えてしまうので、苦手意識がありましたね。でも、いちゲーム制作者として色々なジャンルを知っておかなければ、という意識もあって、音ゲーも触っていたんです。そのなかで一番面白かったのが『adofai』でした。

理由は操作がキーひとつだけなのでシンプルなのと、それとは別に、ノーツをグラフィカルに表現するというシステムがすごくよくて。『ポリリリリズム』も影響を受けています。

――『ポリリリリズム』という、7文字のネーミングも興味深いです。“リ”をひとつ増やして『ポリリリズム』の方が語感的には収まりがよい気もしましたが、なにか意図があったのでしょうか。

なまり:おそらく、日本人が「ポリリズム」と聞いて思い浮かべるのはPerfumeの楽曲「ポリリズム」だと思うのですが、あの楽曲の間奏部分は〈ポリリズム・ポリリズム・ポリリズム~〉と、口で5のメロディ、ドラムが4、ベースが3で拍子を刻んでいるんです。まあ、厳密には「ポリメーター(※)」なのですが……。

Perfumeが口で「ポリリズム」と5拍子を刻むように、『ポリリリリズム』は7拍子などの変態的な拍子を代表としたゲームなので、7文字が適していると考えたんです。

(※「ポリメーター」は、同じ長さの1拍を共有した異なる拍子を同時に鳴らすテクニック。「ポリリズム」は違う長さの拍を持つ異なる拍子をひとつの周期のなかで同時に鳴らすテクニック。よって厳密に表現するとPerfume『ポリリズム』はポリリズムではない)

――実際の開発についても教えてください。

なまり:先ほど「息抜きで作った」と言ったように、別のゲームを作っているときに、休憩がてら「1日でなにかゲームを作ってみよう」と思ったのが最初ですね。アプリの仕様自体は新しいものではなかったので大変なことはありませんでしたし、結局4日で完成しました。

でも、フリー素材のドラム音だけだと、どうしてもプレイ感があまりよくなかったんですよ。これをどう解決しようかと考えていたときに、ジェイコブ・コリアーの「『ハーモニー』って何?5段階のレベルで説明」という動画を思い出したんです。

複数の音――つまりハーモニーがあれば美しく響かせることができるんじゃないかなと。でも、調べてもよくわからなかったので、すなじろさんに「すみません、音の組み合わせをください」とお願いしました(笑)。

すなじろ:「ポリリズムのゲームです」と聞いて見せてもらった時には、ほとんどゲームの骨組みは完成していて、「図形が増えていくので、それとともに音を増やしたい」という相談を受けた形です。

最初はどんな組み合わせでも低い順に音をアサインして、最終的に5和音にする、という方向性で考えたのですが、たとえば〈2:3:5〉と〈3:5:7〉という拍子の時に、リズムが違うけど同じ音が鳴っていることが“感覚的”じゃないと思ったんですよ。だから、各リズムそれぞれに音を割り当てるのはどうか、と提案しました。

ただ、そうすると今度は厳しい響きの組み合わせ――不協和音などが出てきてしまうんですね。たとえば、ドとレだけだとあまりきれいな響きにはならないですよね。だから、無理を言って頭拍でベース音を鳴らしてもらうようにしました。ルート音さえ鳴っていれば、それに対するテンションだと認識できますし、汚い響きにもならないんです。

――コードネームでいうと、Gの上に色々な音が乗る形ですね。制作日誌によれば〈2、4、8〉でオクターブ違いのド、〈3、6、12〉でオクタ違いのソにするとありました。

すなじろ:はい。大体はその通りですが、じつはルール通りでないところもあります。というのも、その規則だと音がどんどん高くなってしまうんですよ。だから、なるべく音階を密集させるように意識していますね。

たとえば2と4は音を詰めないと、間に3しか入らないのでオクターブは避けました。結局〈2、6、11〉などの組み合わせがオクターブ関係になっています。本当は倍数と対応させたかったんですけどね。

――結果的にアンビエント音楽っぽい、ひたすら流れていて気持ちのよいループミュージックになったと思います。

すなじろ:そこは狙いましたね。最初はピコピコした音が使われていたのですが、リリースの長い音がいいかなと。光のイメージともアンビエント系って合いそうだと思ったんですよ。なのでピアノのリバーブを長くして、リリースも伸ばした音に独断で差し替えました。

なまり:作ってもらった音を入れてテストプレイしたら、途端にプレイ感が変わって。もう気持ちよすぎましたね(笑)。それで、あとは動画だけ作って公開という流れでした。

ただ、ある一定のレベル以上になると難易度的にプレイ不能になってしまうので、中盤の4本指以降は「倍数が多い方が簡単で素数が多いと難しいだろう」というようなレベルデザインになっています。開発者として、本来そんなことがあってはいけないのですが……。

すなじろ:私も3本指くらいからプレイできなくなりました……(笑)。

――公開してから、どう注目されていきましたか?

なまり:公開当日は100リポストくらいで、少し知られたかな、といった程度でした。『jubeat』界隈で有名なII-Lさんが“超絶技巧”のプレイ動画をアップされたくらいから爆発的に広まって、公開5日目でかてぃん(角野隼斗)さんが1001小節の世界記録を打ち立てて……それでどんどんバズっていったんです。もともとおふたりは音ゲー仲間だったらしく、かてぃんさんも闘志がわいたのかもしれません(笑)。

僕のなかでは、〈2:3:5:7:11〉なんてもはや悪ふざけの域ですよ。「ゲームオーバーの区切りを作っておこう」くらいで、ランダム生成なんてもっとそうです。それを無限に押せる人間がいるなんて、さすがに想定していません(笑)。

並み居る音ゲーマーたちがこのゲームのランキングを争って、良い意味で荒らしていってくれるのが、作者目線でもめちゃくちゃ面白いんですよ。彼らの名プレイがあって盛り上がったという形です。

■音ゲー界では「混フレ」と呼ばれるポリリズム 難易度の高さに猛者たちが盛り上がる

――どうしてここまで『ポリリリリズム』が盛り上がったんでしょう。音ゲーにポリリズムが組み合わされたのが新しかった?

なまり:僕自身は音ゲーマーではないので、音ゲーの歴史などには明るくないのですが、あとから知った情報によると「混フレ(混合フレーズ)」と呼ばれるものが、まさにポリリズムなのだそうです。『太鼓の達人』の「ドンカマ2000」など、有名な曲もいくつかあると聞きました。音ゲーのなかでも難易度の高い曲はまれにポリリズムを採用しているらしく、人によっては『ポリリリリズム』をプレイしていると「あの曲を思い出す」なんて方もいらっしゃいましたね。

すなじろ:私も音ゲーに関しては「音楽をたしなむ身として、音ゲーの音楽も聴いておこう」と少しプレイしたことがあるぐらいで、高難易度曲にポリリズムを使った曲があるというくらいは知っていましたが、ここまで盛り上がるとは……。

なまり:このゲームがバズったことによって、ポリリズムに適応した“超人”音ゲーマー、コンポーザーたちが難しい曲を作る……なんてことがあるかもしれませんね。「なまりのせいで最近の曲は難しすぎる!」と僕に石を投げられないかが心配です(笑)。

――盛り上がりに合わせて、アップデートも盛んにされていましたよね。印象に残っているアップデートはありますか?

なまり:セーブ機能がなかったのは、プレイヤーにとって辛かったと思いますね。1小節3秒だとして、1ステージ目から200ステージ目までやるとしたら、毎回10分くらい簡単なリズムを経てから次のステージに挑戦しないといけないので。

それと、ちょうどバズったのがゴールデンウィーク中のことだったのですが、もうそこからはずっと『ポリリリリズム』のことばかり考えていましたね。連休中にモバイル版の公開を間に合わせなきゃ、と。それ以外でも要望を見ては実装し、また別の要望を見ては調整しての繰り返しでした……。

もともと、古くからの友人たちと出かける予定もあったのですが、大きなチャンスだと思ったので「ごめん! 今が大事なタイミングだから」とキャンセルしてしまったほどです(笑)。

――今後はどのように『ポリリリリズム』をアップデートしていく予定ですか?

なまり:今は、初心者用のステージや、もっと上級者用のステージなど幅の広いステージを追加したバージョンを開発していて、くわえてAndroid用とiOS用、できればSteam版も出せるようにしたいと思っています。なので、それに向けて“爆速”で開発を進めています。

ただ、シンプルな内容だけに拡張性のあるゲームではないと思うので、さらにニッチな「ポリメーター」や「ポリテンポ」、上級者向けに図形を消すモードなども実装できたらとは思っています。

すなじろ:じつは、私の方でも13以上にも対応した音を追加できたらもっとフレーズの幅が広がるのでは……と勝手に考えています。ただ、元のプロジェクトファイルを紛失してしまいまして……。もし音階を追加するなら、なるべく合わせつつ、別の音色を軸に全体を差し替えるという形ですかね。もしくは、ピアノ以外の音色に選択できても面白いかも。

なまり:ハイハットが鳴るなど初心者向けの補助機能があるといいなと思ってました。

――それにしても、数日で作ったゲームが、ここまでのバズを生んだということはすごいことだと思います。なまりさんのように興味を持って、「ゲームを作ってみたい」「作りたい」と考えている人にアドバイスをいただけますか。

なまり:僕がゲーム開発において意識しているのは「さっさと完成させる」ことなんです。ゲームって他の創作活動にくらべて、ひとつの作品を作るのにかかる時間が長いんですよね。完璧を目指しすぎてしまうと、どんどん細かいところが気になってしまうと思います。かけた時間や労力に対してプレイ回数が見合わない、遊んでもらえないことも多々ありました。

そういうイヤなループに入るよりも、完成グセを付けた方がいい。どんどん作って出して、プレイヤーたちの反応や様子を見て、また作ってを繰り返した方が良いと思います。特に、インディーズの規模感だとそういったスタイルでの制作がやりやすいですから。

――いつかインスパイア元のジェイコブ・コリアー氏に届いてほしいところです。

なまり:そうですね。ただでさえ、プロのピアニストの方が参戦して下さっていているだけでも驚きなんですが、もしもご本人に知ってもらえたら……喜び狂ってしまうかもしれないです(笑)。

(取材・文=小池直也)

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