英首相、血液感染スキャンダルの隠蔽を謝罪 3万人が輸血や血液製剤でHIVや肝炎に

イギリスで、病原菌に汚染された血液が治療に使われ、多くの患者が感染してきた問題が大きく注目されている。リシ・スーナク首相は20日、当局の失敗を謝罪した。

この日、このスキャンダルに関する公的調査報告書が公表された。それによると、汚染された血液を使った治療により、3万人がエイズウイルス(HIV)や肝炎ウイルスに感染。このうち約3000人がすでに亡くなったという。

医師や政府、国民保健サービス(NHS)がこの問題を隠蔽(いんぺい)し、被害者を受け入れがたいリスクにさらしていたことも明らかになった。

報告書はまた、被害者らが当局や患者の安全に責任を負う人々から「一度だけでなく何度も」失望させられていたと指摘した。

スーナク氏は20日の議会で、政府の失敗について「本当に申し訳ない」と謝罪。また、この日は「イギリス国家の恥ずべき日」だと表現した。

「本日発表された報告書では、我々の国民生活の中心で、数十年にわたるモラルの欠如があったことが示された。心の底からはっきりと謝罪したいと思う」

スーナク氏はまた、被害を否定してきた態度は理解しがたいもので、「我々の永遠の恥だ」と述べるとともに、被害者への補償を「どれだけの代償があっても」行うと約束した。補償内容は21日に発表される予定だ。

最大野党・労働党党首のサー・キア・スターマーも謝罪し、このスキャンダルはイギリス史上「最も深刻な不正義」の一つだと説明。被害者らは「言葉にならない苦しみ」を味わったと述べた。

NHSイングランドのアマンダ・プリッチャード最高経営責任者(CEO)も、NHSを代表して謝罪を表明。何万人もの患者が「ひどい失望」を味わったと述べた。

「生活を変え、生命を短くするような病気を引き起こした行為だけでなく、患者への明確な伝達、調査、リスク軽減の失敗についても謝罪したい」と、プリッチャード氏は付け加えた。

血液感染スキャンダルとは

血液感染スキャンダルは、NHSで起きた最大の治療による惨事とされている。

調査では、1970年代以降、汚染された輸血や血液製剤によって何千人もが感染した事件をめぐる、50年以上にわたる意思決定を検証した。

5年にわたる調査の結果、意思決定において安全性が優先されていなかったことが明らかになった。

血液や血液製剤によるとウイルス感染のリスクは、NHSが設立された1948年から知られていたと指摘した。それにもかかわらず、患者らは以下のような「認めがたい危険性」にさらされていたと、報告書は指摘した。

・血液療法で自国の血液のみを使うと約束していたにもかかわらず、リスクの高い供血者のいるアメリカなど外国の血液製剤を輸入し続けたこと。アメリカでは過去、囚人や薬物中毒者が売血していた

・認証当局が、上記のような血液製剤は安全でなく、使用許可を出すべきではなかったと認識しなかったこと

・イギリス国内でも1986年まで、囚人などのリスクの高い対象からの献血を採用し続けていたこと

・1982年からリスクが確認されていたにも関わらず、HIVを排除するための血液製剤の熱処理に1985年末までかかったこと

・政府が1983年、イギリスを代表する感染症専門家の一人であるスペンス・ガルブレイス医師から受けた、HIVのリスクが「払拭(ふっしょく)」されるまでアメリカからの輸入血液製剤を全てNHSから撤退させるべきとの警告を無視したこと

・1970年代以降、肝炎のリスクを低減する試験が欠如していたこと。イギリスはC型肝炎の正確な検査法が発見された後も、先進国の中で最も遅くスクリーニングを開始した国の一つ

・C型肝炎のスクリーニング開始後も、以前に感染した人々の追跡が試みられるまでに4年の遅れがあったこと。C型肝炎は潜伏期間が何十年にもわたる可能性があり、何百人もが診断されないままだと推定されている

調査を主導したサー・ブライアン・ラングスタッフは、スキャンダルの規模は「末恐ろしい」もので、当局はリスクに対応するのが遅すぎたと指摘した。

スキャンダルはどのように隠蔽されたのか

スキャンダルの隠蔽についてサー・ブライアンは、「真実を隠した」という言葉がぴったりだと述べた。

隠蔽では、情報開示や調査、説明責任の欠如に加え、文書の破壊など「あからさまな欺瞞(ぎまん)」があったという。

サー・ブライアンはまた、意図的な隠蔽だけでなく、中途半端な真実を伝えたり、人々に何を知る権利があるかを伝えなかったこともあったと指摘。これには、治療におけるリスクや別の選択肢に加え、時には、治療によって感染したという事実を知る権利も含まれると述べた。

そのうえでサー・ブライアンは、このスキャンダルは人々の「生活や夢、友情、家族、そして生計」を破壊しており、今も週を追うごとに死者数が増えていると指摘した。

「この大惨事は事故ではない」

「医師や血液サービス、そして歴代の政府といった権力者が、患者の安全を第一に考えなかったために感染症が起きた」

報告書によると、出血性疾患の子供約380人が、血液製剤を投与された結果、HIVに感染した。

その多くが、本来ならその年齢で直面することのない痛みと恐怖に耐えた末、幼少期や青年期に亡くなっている。

また、本人や両親によるインフォームドコンセント(十分な説明の上での同意取得)がないまま治療を受けた者もおり、報告書はこれを不当としている。

「組織の保身」が被害を悪化させた

サー・ブライアンはさらに、公的調査の開始が遅れたことを批判した。

調査は2017年、当時のテリーザ・メイ首相が政治的圧力を受けて発表した。

これほど時間がかかったのは、スキャンダルの主要人物が死亡したり、衰弱して証拠を提出できなくなったりしたためだと、サー・ブライアンは指摘。また、NHSや政府機関、医師らによる「組織の保身」が被害を拡大させたと述べた。

サー・ブライアンは特に、1970年代から1980年代にかけてイギリスを代表する血液学者とされ、1992年に亡くなったカーディフ血友病センター所長のアーサー・ブルーム教授を挙げた。

報告書によると、ブルーム教授の見解は、後天性免疫不全症候群(AIDS、エイズ)の出現に対する政府の見方に「過度な影響」を与え、出血性疾患を持つ人々への脅威が軽視された。

被害者はどんな人たちか

このスキャンダルの影響を受けた人々は、主に二つのグループに分かれる。

一つ目は、血友病や、血液が凝固しない希少性遺伝疾患の患者だ。

1970年代に、血液凝固に関わる第Ⅷ(8)因子と第Ⅸ(9)因子が、提供された人間の血漿(けっしょう)から製造できるようになり、これらの患者に血液製剤が使われるようになった。

二つ目のグループは、出産や事故、あるいは治療で輸血を受けた人たちだ。

これらの患者への輸血には、輸入されたものは使われていなかったが、一部が主にC型肝炎ウイルスに汚染されていた。

2022年7月と2023年4月にサー・ブライアンが発表した中間報告書では、被害者と家族への補償を勧告している。

これを受けてイギリス政府は、生き残った被害者と亡くなった被害者の家族について、1件あたり10万ポンド(約200万円)の中間補償を支払った。支払いは4000件に上った。

イギリスの血友病協会のクライヴ・スミス氏は、 隠蔽工作があったことは「私たちのコミュニティーにとって驚くことではない」とし、政府が今すぐ行動を起こすことが重要だと述べた。

(英語記事

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