「A型なんで本来は何事にも細かいんですけど…」MLB史上最高の好スタートを切った今永昇太の“細心にして大胆”な適応能力<SLUGGER>

カブスの本拠地リグリー・フィールドの今永昇太のロッカーは、隣接地の地下にある円形のクラブハウスの片隅にある。投手陣が顔を揃える一辺にあり、伝統的に左端からエース格や実績のある投手が並んでいくのが慣例となっていて、かつては2016年のワールドシリーズ優勝に貢献した左腕ジョン・レスターや、サイ・ヤング賞投手ジェイク・アリエタ、あるいはダルビッシュ有投手(現パドレス)らのロッカーが並んでいた。

今は昨季、サイ・ヤング賞候補になった左腕ジャスティン・スティールが左端にロッカーを構えており、その序列に従って言えば、右端に近い今永は、4月途中にメジャー昇格したベン・ブラウンや、昨季デビューの左腕ジョーダン・ウィックスらと同じ「新人扱い」である。

「まあ、日本ではともかく、ここでは新人なんで」と今永は笑う。

ただし、新人だからこそ、メジャー最初の9先発で防御率0.84という成績が「1913年に防御率が野球の記録として登場して以来の最高記録である」などと、取り上げられたりする。

「あまりピンとこないと言いますか、ホント、そういう記録があったんですねという感じです」

これまでの記録は1981年、救援から先発に転向したフェルナンド・バレンズエラ(当時ドジャース)の防御率0.91だった。バレンズエラはその年、25試合に先発して13勝7敗、防御率2.48という好成績で、最終的には新人王とサイ・ヤング賞を同時獲得している(当時の野球界を反映して、完投は実に11試合もあった!)。

そんなこともあって、今永の活躍の要因については、すでに日米いろんな人々が、いろんな媒体で言及している。それらに共通しているのは、「ホップ成分が高い=バックスピンが効いた4シーム・ファストボール(速球)を高めに投げ、空振りを奪ったり、ファウルでカウントを稼ぐ。そして、左腕投手としては珍しいスプリット((著者注:本人いわく「チェンジアップ」)が、とても効果的に打者を攻略している」ということだろう。 高めへの真っすぐと低めへのスプリットが目立つからだろう。過日、ネット界隈で「左の上原(浩治)じゃん」などと書かれているのを目にしたが、「四球が少なく、三振が多い」という部分は確かに似ていなくもない。

メジャーで9年間も活躍して436試合中、先発12試合、救援424試合を投げた投手と、メジャー1年目で9先発しかしていない投手を比べるのは、どちらにとっても公平ではないだろうが、上原の通算奪三振率(K/9)10.71、同与四球率(BB/9)1.46、三振と四球の比率(K/BB)7.33を、今永の9.09、1.04、8.75と比べてみると、それぞれの特徴は少し似ているかも知れない。

上原はかつて、ストライクゾーンについて「9分割ではなく、4分割」と話していたことがある。確かに現役時代の彼が内、外角のコーナーにビシビシと決めていたかと言えば、そうではなかったような気がする。真ん中付近に投げようが、逆球になろうが、バッターが呆気なく見逃したり、空振りやファウルにしてしまったり。それは今永も同じで、たとえば右バッターの懐近くに捕手のミットがあったとしても、そこにビシビシと決まるわけではない。両者に共通しているのは、見ていて気持ちいいぐらいの思い切りの良さで、結果的に相手がアウトの山を積み重ねることだ。

今永はストライクゾーンをどう捉えているのだろう?

「それを言うなら、今の僕は上下2分割ですね」と彼は言う。
4分割ならまだ分かるような気もするが、2分割とはこれいかに?

「もちろん最低限、真ん中付近には投げないってのはありますけど、僕のコントロールはそこまで精度が高くない。内角高めにビシッと投げろって言っても、『大体、その辺り』って感じなんで。それは日本にいた頃も同じでした。たとえばベイスターズの東克樹というピッチャーなんかは、内角高めと言えばそこに必ず来るぐらい精度が高い。僕の精度はそこまでじゃない」

彼が言う「上下2分割」は前述の通り、彼の武器となっている高めの4シーム・ファストボールと、低めへのチェンジアップ(スプリット)のコンビネーションを考えれば至極、当然に思える。

詳細なピッチング・データを、広く一般のファンにも公開している「baseballsavant.mlb.com」によると、今永の4シームのVertical Movement(縦方向の動き)は、平均値と比較して2.9インチ(7.366㎝)も大きく、これはMLB5位タイだという。ノーラン・ライアンやトム・シーバーの時代なら、「Rising Fastball(昇る速球)」などと呼ばれた逆回転のスピンが利いたストレートであり、日本では「伸びのある速球」、「生きた真っすぐ」などと呼ばれるものだ。

「高校時代もシュート回転が少なくて、真っすぐスーッと伸びてくるって言うか、そういうストレートでした」

ただし、今永はその球質に「こだわったことは一度もない」という。

「それは作ったモノではなくて、何も考えずに出来ちゃっことだったからです。あまり考えてもいないし、考えてなくて出来たことなんで、今も考えてないです」 自分が今、メジャーリーガーを抑えられている理由はそこじゃない、と彼は続ける。

「たとえば、僕よりストレートの回転数が多いピッチャーなんて、まだまだ僕の上に十何人といるんですよ。他にもリリースポイントとか、ホップ成分とか、いろいろ書いていただいているのは知ってるんですが、実は捻転差とか、右足が着いた時に僕のテイクバックがどこにあるかとか、そこにフォーカスしているところって、意外とないですよね?」

どういうことだろう?

「アメリカのピッチャーが作り出す捻転差と、日本のピッチャーが作り出す捻転差って違うんです。簡単に言うと、アメリカの投手は骨盤を出しますけど、日本の投手は胸郭を出す人が多い。僕はそういう認識をしています」

身振り手振りで説明してくれるが、私のような素人が言葉だけで完全に理解するのは難しい。今永は元サイ・ヤング賞投手で、昨季ベイスターズでともにプレーしたトレバー・バウアーを例に持ち出して腰を内旋させ、踏み出した側の膝を伸ばし、槍投げの選手のような真似をした。そして次に、踏み出した右膝を少し曲げ、柔らかく使いながら「そこを日本の投手はヌルっといく」と説明した。

「こういうのは多分、日本人特有のものなので、それだけは消さないようにしようと思いながらやってます」

だったら、日本の野球界で指導を受けた選手ならば、誰だって成功するじゃないか? ということになるが、事実、今までメジャーリーグに移籍した日本人投手の成功例は、野手よりも遥かにサンプル数が多い。つまり、今永の見方には一理も二理もある。「僕がこの身長(178cm)で、このリリースポイントの低さがあって、こんな風に投げている人間がアメリカにはあまりいないんで、珍しく見てもらっているだけ。多分、僕みたいなのがアメリカにいっぱいいれば、めっちゃ打たれていると思いますよ。現に僕、日本では打たれていることも多いんで」

確かに日本時代の防御率よりもメジャーの方が優れているという事実は、そう説明するしかないような気がする。だから、というわけではないだろうが、今永はもう一つの武器である「スプリット≒フォークボール」についても明確に説明できる。

「フォークボールを投げられるバッティング・マシーンってないでしょう? だからフォークを打つ練習をする機会もなかなかないだろうし、ましてや左でフォーク投げてるピッチャーなんてあまりいない。いつも『たまたま抑えている』って言ってますけど、アメリカのバッターがあまり見たことない球なんで、そういうのに今はたまたまパズルみたいにスポッとハマっているだけなんだと思う」

大胆にして細心というより、順序としては「細心に準備して大胆」というのが、今永のピッチングの本質ではないかという気がする。

トレーニングや食事を含む登板間のコンディション作り。キャッチボール一つ行うにしても、時には行進するように足踏みしてから投げてみたり、背中を向けてから大きく反転して投げてみたりと、いろいろ工夫している。基本的に配球は、捕手(と投手コーチ)に任せているとはいえ、試合前には相手打線の独自研究とチームデータの擦り合わせをしながらも、現場で起こったことに即時対応する気構えを持っている。

たとえば5月13日の敵地でのブレーブス戦。昨季、54本塁打、139打点で二冠王を獲得したマット・オルソンに2安打を許しながらも、3回2死一、三塁のピンチで低めの速球で見逃し三振に打ち取り、「ちょっと低いかなと思ったけど、主審がストライクに取ってくれて、すごく運が良かった」と話す。

肝となったのはその1球前のスライダー(スウィーパー)で、高めに浮いた球をオルソンが空振りしたことを、今永は「あれは失投なんですけど、空振りしてくれた。要は打者がイメージできてないボールを投げられれば、それでいいってことなんです」とインプットした。

同じブレーブス戦の4回、2死満塁のピンチでは昨季、41本塁打&73盗塁で史上初の40-70を達成し、満票でMVPに輝いたロナルド・アクーニャJr.を右飛に打ち取っている。

「あそこも本当に運がたまたま味方してくれただけだと思ってる。なぜなら、あれはアクーニャJr.選手の得意なゾーンですし、相手が真っすぐを待ってる中で真っすぐを投げて、フルスイングしてきたのに、それがライトフライになった。そういうのが野球の面白いところだと思う」

野球の面白いところ。思い通りに行かないこと。思い通りに行かなくても、いつも結果が悪いわけではなく、良いことも多々あるというところ。

今永はキャンプが始まった当初から、アメリカで野球することの違和感に抗うことなく、「こんなもんだと思ってやってます」と新たな野球人生を送ってきた。そういう思考が追い風になり、アリゾナの乾燥した空気の中で滑り続けたボールが、やがてシーズンが始まると、「指先の感覚が出てきた」とプラス材料になった。「自分の中では全部ボール」という高めに投げる速球が、今では彼の最大の武器となっている。

それこそはまさに、Adjustment=適応。何でもかんでも白黒はっきりさせるのではなく、広大なグレーゾーンの中で、屈強なメジャーリーグの打者と18.44メートルの距離で対峙し、その場その場に応じた答えを見つけていく。

「僕、A型なんで、本来は何事にも結構、細かいんですけど、こっちに来てから、そうじゃなくなっているんですよね」

歴史的快進撃を続ける日本屈指のレフティは今日もまた、アメリカで野球しながら、アメリカで生きるという「リアル」を感じているのである――。

文●ナガオ勝司

【著者プロフィール】
シカゴ郊外在住のフリーランスライター。'97年に渡米し、

アイオワ州のマイナーリーグ球団で取材活動を始め、

ロードアイランド州に転居した'

01年からはメジャーリーグが主な取材現場になるも、

リトルリーグや女子サッカー、

F1GPやフェンシングなど多岐に渡る。'

08年より全米野球記者協会会員となり、

現在は米野球殿堂の投票資格を有する。日米で職歴多数。

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