厳罰化どこへ…無麻酔で帝王切開、松本市の繁殖業者の罪に対する判決に疑問【杉本彩のEva通信】

判決公判後、裁判所前でメディアからの取材に応じる杉本彩さん

劣悪な環境で約1,000頭もの犬の繁殖を続けていた長野県松本市の犬の繁殖業者の元代表が、獣医師でないにもかかわらず、出産間近の犬に無麻酔で帝王切開をしていた動物虐待事件について、このコラムでは何度も取り上げできた。

2021年11月に逮捕されてから、当協会Evaはこの虐待事件を刑事告発した団体として、長野地方裁判所松本支部まで出向き、これまですべての裁判を傍聴した。

そして先日5月10日、判決が言い渡される第9回の公判が行われた。2022年3月の初公判から実に2年以上に渡る審理を経て注目の判決だった。担当裁判官3名、検察官1名、弁護人2名が立ち会い、傍聴席は多くのメディアと一般傍聴者で満員の中、最後に被告人が入廷し、裁判長より判決内容が読み上げられた。

この裁判の争点は、獣医師ではない被告人がした犬5頭に対する帝王切開について、動物愛護管理法44条1項の 「愛護動物をみだりに傷つける行為」 に該当するかだった。被告は、帝王切開時に母体に鎮静・鎮痛効果のあるドミトールを投与していた可能性は否定できず、ドミトールを投与していなかったとする検察官の主張は立証が不十分だと判断された。

しかし、ドミトールはあくまでも鎮静薬で麻酔をする前に大人しくさせるためのもの。鎮痛効果も記載されているが、鎮静が主成分で鎮痛は期待できない。ドミトールによる痛みの抑制は、意識を喪失させる効果は全くないため、ドミトールで痛みを取り除くことは出来ないのだ。

実際、元従業員の告発や法廷での証言でも、犬は苦痛で体をよじり、鳴き叫び、失神したというのだから。被告人の帝王切開は、犬に無用な苦痛を与えるものであり、愛護動物をみだりに傷つける行為に該当とすると裁判所は判断した。帝王切開を行ったこと以外にも、量刑の理由は、不適切な飼養環境に成犬を拘束していたことにより、合計452頭を衰弱させたことだ。

犬の飼養環境は極めて不衛生かつ劣悪。とりわけ中山犬舎は、400頭以上の成犬がいたにもかかわらず、わずか2名のパート従業員のみを配置。清掃等をする時間はほとんどなく、ケージ下のトレーには排泄物が堆積したまま長期間放置され、その結果、犬舎内からは16.1ppmという異常な数値のアンモニア臭が計測された。犬は常にその臭気に晒され、眼病の原因にもなっていた。狭いケージの中に閉じこめられたままの犬たちは、毛玉や爪の手入れ等の世話もほとんど受けていなかった。そのような環境下で、多くの犬が眼病や皮膚病等を発症していたが、被告人らは、素人判断で薬を投与するだけで、獣医師に診せることはなかったことから、極めて悪質なネグレクトだと裁判所は認めた。

しかし、帝王切開での殺傷を被告は否認し、獣医師の帝王切開を手伝いながら、ドミトール投与による帝王切開の方法を習得したと供述していた。この供述をしりぞける証拠はないため、獣医師から教わった可能性を否定できない、と裁判所は判断。これについては、裁判を目前に当の獣医師が亡くなったことで、被告の供述をしりぞける術がなくなった。当協会への通報者であった獣医師の証言が、裁判で得られないことは非常に残念だった。

そして、さらに裁判所の説明は続いた。被告人は、長年にわたり自ら帝王切開を行ってきたものであり、帝王切開により母犬や子犬を死なせることはほとんどなかったと認められる、と。たとえ死んだ犬もいるとの告発があっても、この裁判の起訴事実となっているのは、5頭の犬のみ。たとえ死んでいなくても、素人の帝王切開により、その後遺症に苦しんでいる犬がいることは、犬を引き取った元従業員や当協会に寄せられた情報からも聞いている。裁判で明らかになっているだけでも14年間続いた虐待行為だ。犯罪事実に載っていない死んでいった犬たち、傷付けられた犬たちの犠牲は、当然だがこの裁判の判決に影響を与えることはない。

被告人は、24時間対応可能な獣医師が見つからなかったことを理由に、犬の命を救うため自ら帝王切開を行っていたと供述しているが、誰が聞いても納得できるような話ではない。犬を助けたいなら繁殖をやめればよいわけで、自ら犬を危険に晒す原因を作りながら、「助けるため」に残酷な違法行為を犯し続けるとは、どうにも道理に合わない話しなのだ。それについては裁判所も、だからといってそのような行為が正当化される ものではなく、当面は交配・出産を停止したうえで対応を検討するほかなかったのであり、その責任は軽視できない、と言っている。

だが、耳を疑うのはここからだ。曲がりなりにも子犬を摘出するための帝王切開手術であり、その手段が相当性を欠くために違法と評価されるものの、「目的自体は不当なものとはいえず、暴行による虐待事案や猟奇的な殺傷事件とは性質が異なる」 と言うのだ。結局、これらの理由から、被告に下されたのは、懲役1年に執行猶予3年、狂犬病予防法違反の罰金10万円のみ。452頭に対する虐待と、5頭への違法な帝王切開に対して、判決は検察の求刑を上回ることはなかった。

今回の事件は、厳罰化が実現した後に発覚した事案だ。それまでどんなに酷い虐待事件が起きても、適正に裁かれなかったという背景があり、前回の法改正で罰則が強化された。だが、これでは厳罰化が影響した判決とは言えない。帝王切開という手段は違法だが、目的は仔犬を摘出するためなら仕方ないというのだから。犬を繁殖し続けるのは金のためである。利益を得るためなら獣医師に診せる費用を削減し、無資格者が無麻酔で行った帝王切開が不当ではないというのだ。社会通念上おかしな論理でしかない。どう考えても納得いかない。こんな判決では、今後のペット業界の健全化などまったく期待できない。繁殖事業者による帝王切開は常態化しているようだが、助けるためだと嘘をつけば目的は不当じゃないと裁判所は判断し、罪が軽減されるわけだ。また、楽しむことを目的にした猟奇的な虐待においても、同じような嘘の理由がまかり通る可能性も否定できない。これでは虐待の抑止にもならない。

今回改めて、市民感覚と司法の乖離を思い知らされた。非常に腹立たしい。災害レベルの動物虐待で、悪魔の所業とまで言われたこの事件においても、この程度の軽微な量刑しか出ない日本の司法に憤りを覚える。せめて半年でも、実刑にすべき虐待事件だったと思っている。

今後どうすれば動物虐待が厳正に裁かれるのか、動物を虐待から守れるのか、この判決を受けて、私たちEvaは次のアクションについて熟考したい。この悔しさと動物たちの無念をバネに、さらなる活動に繋げていきたいと強く心に決めた。(Eva代表理事 杉本彩)

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 杉本彩さんと動物環境・福祉協会Evaのスタッフによるコラム。犬や猫などペットを巡る環境に加え、展示動物や産業動物などの問題に迫ります。動物福祉の視点から人と動物が幸せに共生できる社会の実現について考えます。

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