『あずまんが大王』の功績──4コマ漫画のニュースタンダード「日常系」の確立

21世紀の4コマ漫画は、ここから始まりました。」そんなコピーがぴったり当てはまる作品を今回は紹介!

年間数百タイトルの漫画を読む筆者が、時事に沿った漫画を新作・旧作問わず取り上げる本連載「漫画百景」。

第三十七景目は『あずまんが大王』です。

「日常系」と総括されるジャンルの礎になった作品であり、4コマ漫画というジャンルを20世紀から21世紀に繋げた立役者でもあります。

作者・あずまきよひこさんの誕生日(5月27日)に合わせて、今も色褪せない名作を紹介します。

『あずまんが大王』『よつばと!』の作者・あずまきよひこ

『あずまんが大王』は、1999年から2002年にかけて、KADOKAWAの漫画誌『月刊コミック電撃大王』で連載された作品です。

女子高生たちの何気ない日常を、卒業するまでの3年に渡って描いています。2000年にWebアニメ、2001年に上映時間5分の短編アニメ映画、そして2002年にTVアニメが放送されました。

2006年には、『月刊コミック電撃大王』で現在連載中の『よつばと!』と共に、文化庁による日本のメディア芸術100選のマンガ部門に選出。

2009年には、小学館の漫画誌『月刊少年サンデー』での短期集中連載が行われ、新作エピソードを収録した全3巻の新装版が小学館から刊行。10周年記念本『大阪万博』が、アスキー・メディアワークスから刊行されています。

『あずまんが大王』の漫画的上手さ

『あずまんが大王』は、明確に主人公と呼べる登場人物がいない作品で、複数の女子高生と教師が主役となる群像劇的スタイルを採用しています。

なので当初は誰を中心に見ていけば良いのかわからないのですが、読み進めていくと次第に、主役となるキャラクターが分かってくるようになります。

例えば1話の1コマ目から登場する教師の谷崎ゆかり。テストで100点を取った生徒に向かって、「いい気になるんじゃないわよ」と睨みつける教師らしくない人物。本作のトラブルメーカーです。

続いて、10歳で高校に入学できる天才と子供らしさを兼ね備えた少女・美浜ちよが登場。その可愛らしさで本作のマスコット的存在となります。

その後も高身長かつクールな見た目で人一倍かわいいものが好きな、マイペースで独特の感性で生きる大阪(本名は春日歩)など、一癖あるキャラクターたちの性格・個性を、ほぼモノローグを使わず、会話と挙動で表現していきます。

4コマという限られた枠のなかで、流れるように読者に登場人物たちを印象付けていく漫画的な上手さが、作品の自己紹介に当たる序盤は特に光っています。

『あずまんが大王』の無意識に気持ち良い読後感

ちょうど良いテンポの会話劇と、独特の間で落とすオチも本作の十八番です。

ローテンポ過ぎず、ハイテンポ過ぎない登場人物たちのやり取り。緩やかに日常が繰り返されては季節が巡っていく様子。展開の絶妙なコントロール加減は匠の技です。

気づけばあっという間に1冊読み終えてしまいます。「あ、もう終わりだ」と気づいた時の感覚は、無意識に気持ち良い読後感、とでも形容できるでしょうか。

前述した登場人物の流れるような紹介も含めて、あまりに自然な読み心地は、作者・あずまきよひこさんの手腕の賜物でしょう。

ちなみに現在連載中の『よつばと!』は、よどみない日常の連なりに感動を覚えるほどです。

どうすればあれだけ流麗な漫画が描けるのだろうか……と、読み終えてからいつも考えてしまいます。

“起伏のある物語”ではなく、“いつもの日常”を描く

ここまで書いてきたように、『あずまんが大王』は日常の描写を重視しています。“起伏のある物語”ではなく、“いつもの日常”に焦点を当てるスタイルです。

これは4コマ漫画の一つのスタンダードで、1946年から1974年まで連載された国民的作品『サザエさん』や、1982年から読売新聞で連載中の「コボちゃん」シリーズといった、偉大な先達が積み上げてきたものと言えます。

『あずまんが大王』はこのスタンダードの真ん中に、“女性キャラクターたちの他愛もないやり取り”を据えることで、俗に“萌え4コマ”と呼ばれる新しいスタイルを確立しました。

20世紀に生まれたスタンダードを受け継ぎつつ、21世紀の新たなスタンダードを生み出したのです。

後に生まれる『けいおん!』『ゆるゆり』など、『あずまんが大王』の影響を受けた作品は数え切れません。今日“日常系”と呼ばれる作品も、大なり小なり本作の影響下にあると見て間違いないでしょう。

また、高校卒業という明確な時間の経過を取り入れたことは、基本的に登場人物の加齢がぼやかされる『コボちゃん』『サザエさん』との明確な違いです(『コボちゃん』は2011年に、連載開始時は5歳だった主人公・コボちゃんが小学校に入学するなど、後に経年が明確に描写されるようになりました)。

小学館が刊行した新装版1巻の帯には、「21世紀の4コマ漫画は、ここから始まりました」というコピーがあるのですが、これは伊達じゃありません。

まさに、本作から21世紀の4コマ漫画がはじまったのです。

物語を重視する4コマ漫画の潮流

21世紀が幕を開けてはや23年。『あずまんが大王』が完結してから22年もの時が経過しました。

この間には『あずまんが大王』の影響を受けた日常系4コマ漫画が数多く生まれ、同時に新しい潮流として、物語を重視する4コマ漫画が増えつつあるように思います。

前述した「“起伏のある物語”ではなく、“いつもの日常”に焦点を当てるスタイル」の逆を行くものです。

今を代表する4コマ漫画としてまず名が挙がるであろう『ぼっち・ざ・ろっく!』を筆頭に、『まちカドまぞく』『NEW GAME!』『星屑テレパス』『スロウスタート』『mono』など、登場人物の成長に焦点を当てる4コマ漫画が近年大きな支持を得ています(同時にきらら作品の隆盛が際立ちますね)。

『あずまんが大王』が一般的にした可愛らしい登場人物たちによる4コマ漫画に、成長物語を強くかけ合わせる。このスタイルが、今後どのような変化を迎えるのか。

原典の『あずまんが大王』を時折見返しながら、楽しんで見届けていきたいと思います。

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