「脳をだます技術」口先だけでもいいからプラス言葉を発することを習慣化しよう

もうすぐ夏の甲子園のシーズンとなります。2023年夏の甲子園で107年ぶりの優勝を果たすことができた慶應義塾高校野球部は、これまでの高校野球のイメージを変える活躍でした。その塾高の選手たちのメンタルコーチを務めた吉岡眞司氏に、ビジネスにも役立つ意識改善への取り組みや習慣を教えてもらいました。

※本記事は、吉岡眞司:著『慶應メンタル -「最高の自分」が成長し続ける脳内革命-』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

最悪の事態が想定できるプラス思考と楽天家は違う

「プラス思考」と聞くと、楽天的な人のことを思い浮かべるかもしれません。行き当たりばったりで風に吹かれたような人生でも、なんとかなるさと思える。本当は違うのですが、そんな楽天家を一般的には「プラス思考」と呼ぶようです。

この「プラス思考(だと思われている)」のパーソナリティーを持つ人の多くは、最悪の事態を想定していません。

「最悪の事態が起こったらイヤだな。でも、まあ起こらないだろう」

こういう人たちの行動にはある共通点があります。野球の練習にたとえます。

  • 思いつきの計画で動く
    YouTubeで見た練習方法が良さそうだったからやってみよう。選手の個性や、特徴、練習の目的など考えず、目先の「うまくなる」「すぐに上達する」などの言葉に飛びついてしまう。
  • 最初は結果を求めるが、結果が出ないと諦める
    問題点を解消しようと最初は熱心に練習をするが、結果がついてこないとすぐに飽きてしまう。あるいは諦めてしまう。
  • 問題点があっても平気でいる
    守備の連携などに課題があっても、結果が出ているからいいかと先送りにする。
  • 結果が出ないことに責任を取ろうとしない
    試合で負けてしまったとしても、今回は相手が悪かったと、原因を外に求める。

危機管理ができていない人は、これまでの人生が「ラッキーだった」だけで、大きなトラブルに直面したときに、あっさりと投げ出してしまいます。

▲最悪の事態が想定できるプラス思考と楽天家は違う イメージ:lyublyana/ PIXTA

経営の神様といわれた稲盛和夫さんはこう言いました。「楽観的に構想し、悲観的に計画し、楽観的に実行する」。

新しいことを成し遂げるには、まず「こうありたい」という夢と希望を持ち、超楽観的に目標を設定することが大切だが、計画の段階では「なんとしてもやり遂げなければならない」という強い意志を持って、悲観的に構想を見つめ直し、起こりうる全ての問題を想定して、対応策を慎重に考え尽くさなければならない、と。

事前に最悪の事態を想定し、その対策を講じるからこそ、本番では「必ずできる」という自信をもって、楽観的に臨むことができるのです。

苦しくつらい練習を何よりも楽しむことが大事

甲子園で優勝するまでの道のりは、決して平坦ではありませんでした。何度も大きなピンチに直面しましたが、そのたび塾高の選手たちが「想定内」といっていたのが印象的でした。これは、たゆまぬ事前準備を重ねてきた証です。

「本当のプラス思考人間」は、苦しいと楽しくなります。なぜなら準備がしてあるからです。

投手の鈴木(は、夏の県大会前から本調子ではありませんでした。県大会準々決勝でコールド勝利目前の場面で登板し、次戦のために早く試合を終わらせようと思うがあまり、コントロールが定まらず、ストライクが入らなくなることがありました。

解決策を模索して、鈴木くんは私に連絡をくれました。悩んでいた彼に「調子の良いときの自分が、今の自分にアドバイスをくれるとしたら、どんな言葉だと思う?」と尋ねました。

彼は「打たれても構わないので、自分を信じてしっかりと腕を振って球を放れ」と答えました。そして「コントロールが定まらないときに、コースを狙って投げても外れてしまうのは当然のこと。ど真ん中に思い切り投げれば、ストライクゾーンに適当に散らばってくれると思う。自信を持って投げます」と自分で答えを見つけました。

思い切り投げればどうにかなる、ではなく、彼なりの解決策を見つけたことに価値があります。なんとかなるでは決して乗り切れないこともあるのです。その後、鈴木くんは準決勝の東海大相模戦、決勝の横浜戦と甲子園に向けて、登り調子になり、甲子園でも活躍してくれました。

テレビでは、塾高の選手の悲壮な表情をひとつも見ませんでした。これは素晴らしい準備をしてきたからです。

普段、あまり気に留めることはありませんが、日常的に、私たちはさまざまな準備をしています。たとえば、雨が降るかもしれないから、傘を持っていく。遅れるかもしれないから1本早い電車に乗る。準備をしたという安心が大事なのですね。

森林監督は普段の練習がテストで、試合は答え合わせのようなものだと言われます。

試合のときにがんばるのではなくて、練習をがんばる。勝利を目指すのは当たり前だけど、一番大切なのは成長。それを大事にする。そうすれば「試合って楽しい」と思えるはず。確かに勉強をしっかりやったあと、テストの答え合わせはドキドキワクワク楽しみなものですよね。

▲苦しくつらい練習を何よりも楽しむことが大事 イメージ:Iruy / PIXTA

野球史に残る偉大な選手であるイチローさんは、こんな言葉を残しています。

「そりゃ、僕だって勉強や野球の練習は嫌いですよ。誰だってそうじゃないですか。つらいし、たいていはつまらないことの繰り返し。

でも、僕は子どもの頃から、目標を持って努力するのが好きなんです。だって、その努力が結果として出るのはうれしいじゃないですか」

つまり、イチローさんはただ普通の練習は嫌い。でも、夢へ到達するための必要な努力としての努力なら好きだと捉えているからです。激しくつらい練習が好きだという人はいないでしょう。ただし、日本一になるために必要な努力だとしたら、喜んでするのではないでしょうか。

私はこうした「つらいこと」「苦しいこと」を楽しむ力のことを、「苦楽力」と呼んでいます。試合を楽しむためには、苦楽力を発揮して、日頃の苦しくつらい練習を何よりも楽しむことが大事なのです。

脳の「扁桃核」をだましてやる気にさせる

とても楽しいとき、あなたの感情は動作や表情に表れます。逆に、苦しいときも同じです。好きなものを見たとき、苦手なものを見たとき、あなたのリアクションは異なります。これは脳が「快」と判断するか「不快」と判断するかによって、あなたの動作や言葉のアウトプットが変わるからです。

この判断をするのが、扁桃核という脳の中にある神経組織です。五感を通じて、ある情報が脳に届けられると、扁桃核は快・不快を判断し、思考や言動に影響がおよびます。

かわいい赤ん坊を見たら、自然と笑顔になり「かわいい」という言葉が出てくるのに対して、ゴキブリを見つけたときは眉間に皺がより「気持ち悪っ」と叫んでしまう。これは、扁桃核が瞬間的に自分にとって心地よい情報かどうかを判断した結果が行動にあらわれているのです。

脳は入力と出力とでプログラミングされていると言われています。入力とは思いやイメージ、出力とは言葉や表情、態度などを指します。たとえば、何かイヤなイメージや思いを抱いて、否定的な言葉を口にすると、そのネガティブな言葉は耳から脳に入力されて、イヤなイメージや思いを強めてしまうのです。

脳はプラスの情報をインプットすると、肯定的なアウトプットをしてくれます。

先ほどのイチローさんの例ではありませんが、トップアスリートは、常に脳に対して肯定的な入力をしています。一般の人にはつらい練習だとしても、トップアスリートは脳に対して、「これは意味のある素晴らしい練習なのだ」などとインプットしているわけです。

▲脳の「扁桃核」をだましてやる気にさせる イメージ:KAORU / PIXTA

一般の人とトップアスリートの練習の成果を比べたとしたら、結果は一目瞭然でしょう。

そこで、まずはプラスの表情や言葉をリストアップしてみましょう。そして、積極的にそのプラス言葉を発して、脳内の扁桃核にその情報を届けるようにすれば、感情はポジティブな状態になり、パフォーマンスを発揮しやすい状況がつくれるようになります。

脳は現実とイメージを区別することができません。なので、ピンチのときなどは無理矢理プラスの言葉や表情などをアウトプットすればよいわけです。

たとえば、その日は雨で、練習をしたら服がドロドロになりそうです。そんなときに誰かが「練習だるいな」と口にした言葉を聞いてしまったら、すぐにプラスの言葉をかぶせるようにします。たとえば、

「こんな日に練習すれば、雨の日の試合に生かせるな」

肯定的なアウトプットをすることを習慣化するのです。決して本心から思っていなくても、口先だけでもいいのです。なぜなら、脳には入力(思いやイメージ)よりも出力(言葉や表情、態度)の影響を強く受ける特徴があるからです。

競技力を上げるためには、つらくて苦しい練習がつきものです。とはいえ、それが大切だとわかっていても、なかなかやる気は起きないものです。「しなければいけない」と思った瞬間に、それが義務感やプレッシャーになります。ネガティブな感情の状態になってしまうので、それが行動意欲や行動力に悪影響をおよぼすのは、想像に難くないでしょう。

たとえ30分の練習でも、感情の状態がポジティブとネガティブとでは大きな差が出てしまうわけです。せっかくだったらポジティブな声をかけて、こんな練習なんてちょろいと脳に思わせましょう。そうしたら、こちらのものなのです。

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