インド映画はコメディーも下ネタNGで純情一途?スター俳優「VJS」の出世作『途中のページが抜けている』の見どころ解説【TV初放送】

『途中のページが抜けている』©Leo Vision

ヴィジャイ・セードゥパティの出世作がTV初放送

2012年のタミル語コメディー映画『途中のページが抜けている』についてご紹介します。主演は、「タミル民の宝」の異名を持つ、演技派かつ大人気俳優のヴィジャイ・セードゥパティ(通称VJSまたはVSP)。

以前ここで『ピザ 死霊館へのデリバリー』(2012年)を紹介した際、本国インドでは同作とこの『途中のページが抜けている』でVJSが大いに注目され、スターへの道を歩み出したことを書きました。その出世作のもうひとつが、間もなくTVで初放送となるのです。

念願の結婚式!…の前日に大ピンチ!?

会社員のプレームは、学生時代からの友人サラスとバッジ、それに職場の同僚バグスと仲良しで、4人はいつでもツルんでいます。それは彼の結婚式の前日でも同じでした。プレームはダナとの恋が実り、やっと婚約したのですが、当初カップルのそれぞれの両親はいい顔をせず、2人は家族を必死に説得した上でのゴールインを目前にしていたのです。

翌日の式の準備も全て終わり、手持無沙汰になった4人の男たちは外に出かけて行き、彼らだけで超略式の草クリケットをして遊びます。ところがその最中、高く上がったフライを捕ろうとしたプレームは足を踏み外して倒れ、後頭部を強く打ってしまいます。そこから言動がおかしくなったプレームを心配した3人は、彼を病院に連れて行きます。医師が彼に下した診断は「短期記憶障害」。昔のことは覚えているのに直近の記憶が飛んでしまうのです。そのため、同じことを何度も繰り返し口に出します。

命に別状はないものの、快癒するのは翌日かもしれないし、数年後かもしれず、全く予測不能。プレームに付き添った3人が戦慄したのは、彼が最愛のダナを、そして翌日に迫った結婚式を全く覚えていないこと。彼の異変を正直に言えば、あまり結婚に乗り気ではないダナの両親は式をキャンセルする可能性があります。真相を押し隠したまま、何とかして予定通りに2日間にわたる式次第をこなし、彼を結婚させようとする友人3人の奮闘がそこから始まります。

本作をハリウッド映画『ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い』(2009年)のリメイクだと決めつけるレビューなどもインドではあったようですが、実見してみると共通なのは「男4人、重要な行事を控えている」ということだけです。『ハングオーバー!』はアメリカ流の下品ネタの洪水を楽しむ作品、一方で『途中のページが抜けている』は純情一途、コメディーで笑わせながらも、間抜けさの中にじんわりとした感慨も残す友情の物語です。

言葉に頼らないユニバーサルなユーモア

本作で特筆すべきなのは、言語や時事ネタに依存しない可笑しみを提供するコメディーとしての質です。コメディーはインドでも愛されているジャンルで、またアクション映画やロマンス映画にもきっちりコメディー・パートがあり、専業のコメディー俳優も言語圏ごとに分厚い層をなしています。

彼らのお笑いは、物まね、過去の映画作品からの縦横の引用、掛け言葉や洒落などの翻訳困難な言語的ユーモア、流行りのTVコマーシャルから政治に至るまでのあれこれを俎上に載せた社会風刺、変顔やドタバタの身体表現などからなりますが、最後のものを除くと外国人には理解不能なものが多く、よくても考えオチにしかなりません。

しかし本作のユーモアは上に挙げたいずれでもなく、あくまでもシチュエーショナルなもの。主人公は短期記憶喪失とともに若干の幼児退行が起きたものとして描かれ、頭に浮かんだことをそのまま口に出すようになってしまい、それが笑いとハラハラする緊張感をもたらすのです。そして等距離に見えた3人の仲良しに序列があったことが分かるむごい展開もあり、笑いに泣きに、見ている方も翻弄されます。

最後に用意されたツイストにも注目

VJSは、『ピザ 死霊館へのデリバリー』でのそれ以上に、全編を通して特定のセリフを繰り返し口にしながら飽きさせることがありません。そのセリフが次にどのタイミングでどのように出てくるか、観客は固唾をのんで待ち構えながらもVJSの演技力に圧倒されることでしょう。

驚くのは本作のエンディングロールでの楽屋オチ的映像で、特に撮影を担当したC・プレーム・クマールに関してのエピソードです。プレーム・クマールはのちに監督となって、VJS主演の『’96』(2018年)を大ヒットさせた人。ロマンチックな『’96』の監督と本作がどう関わるのかは、見てのお楽しみです。

文:安宅直子

『途中のページが抜けている』はCS映画専門チャンネル ムービープラス「ハマる!インド映画」で2024年5月放送

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