金正恩の「先代超え作戦」は成功するのか?(上)

朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

【まとめ】

金正恩権威格上げ作業」が急ピッチで進められている。

・金正恩には先代を超える「思想」や「革命歴史」がない。

・金正恩は北朝鮮の「後継者原則」を否定した。

北朝鮮金正恩体制の危機が深まる中で、金正恩総書記執権12年の今年に入って、「金正恩権威格上げ作業」が急ピッチで進められている。

金正恩は、「金日成・金正日の統一路線放棄」を皮切りに、金日成を「太陽」の座から降ろして自身が「主体の太陽」となり、父親金正日に与えられてきた「金正日朝鮮」を「金正恩朝鮮」に変えてしまった。金正恩を先代たちと同等か、それ以上の立場に押し上げることで、権威強化を図ろうとしているのである。

2024年4月11日付労働新聞社説は「敬愛する金正恩同志を高く奉じたわが党と国家、人民の偉業は必勝不敗だ」との社説を掲載し、金正恩執権12年がこれまでの北朝鮮歴史で最も成功的だったとし、「偉大な勝利の記念碑を建てた聖なる年代記」だと記した。

そして5月15日に行われた「前衛通り」の竣工式で、宣伝扇動部書紀の李日煥は「今日、光栄にもオボイ金正恩元帥の出席の下」と金日成に付けていた「オボイ(父母の表現)」との言葉を使い、金正恩を全人民が称えているかのごとく偶像化した。時を同じくして北朝鮮官営媒体は「親近なるオボイ」なる金正恩称賛の歌を大々的に広めた。

極めつけは5月21日、朝鮮労働党の幹部養成学校の竣工式に金正恩を迎え、校舎の外壁や教室に金正恩の肖像画を祖父の故・金日成と父の故・金正日の肖像画と同格に並べ掲げたことだ。金正恩と先代指導者の肖像画が並んだ場面が公開されたのは初めてである。

しかし、この大博打が、金正恩の思惑通り成功するかどうかはわからない。

1、先代を超える「思想」や「革命歴史」がない金正恩

金正恩を偉大な首領とするプロパガンダは、党8回大会以降進められてきたが、今後、金正恩を「北朝鮮の太陽」にするための、これまでの宣伝とは質を異にする「偉大性宣伝作業」が本格化すると思われる。

その作業はまず、「金正恩思想の捏造」と北朝鮮の歴史に「金正恩の偉大性」を加える歴史改ざんから始められると思われる。しかしこうしたプロパガンダを成功裏に行うには障害が多い。金正恩には金日成・金正日の偉大性を超える宣伝材料がないからだ。

まず金正恩には金日成・金正日を超えるそれなりのいわゆる「思想」というものがない。

北朝鮮では「人民第一主義」や「国家第一主義」が「金正恩の思想」と宣伝してきたが、こうしたものは「政治スローガン」であって「思想」なるものからかけ離れている。現在金正恩の「革命思想」なるものがどういった内容と体系を持つものか全く説明されていない。そればかりか先代たちの「思想」の重要な構成部分である「統一思想」を金正恩がなぜ否定したのかも全く説明されていない。

また、金日成・金正日超えの「革命歴史」の偽造も不可能だと思われる。金正恩には自身の出自を公開できない秘密が多すぎるからだ。

まずは、母親高ヨンヒ問題だ。金正恩執権後この問題を解決するために、母親の名前まで変えた記録映画を作り、一部その内容を幹部だけに公開したが、この録画は回収され今も封印されている。その後遺症があまりにも大きく、金正恩の正統性までも否定されかけたからだ。現在この内容を口外した者は、即、強制収容所行きとなっている。

また、金正恩には祖父金日成と写った写真が一枚もない。母親高ヨンヒが在日同胞出身で、金正日の愛人に過ぎなかったために、金正日と高ヨンヒとの間に生まれた子どもたちは、金日成に一切秘密にされた。金正恩が白頭の血統というが、彼が金日成に認知されたとの根拠は今もって出てきていない。

そればかりか、実の兄や義理の叔父をはじめとした家族親族や父の部下たちをあまりにも多く粛清・処刑した。金正恩執権後、父親金正日が重用した主要幹部はことごとく消された。そのために金正恩の権力構築過程を美化するにはあまりに障害が多い。北朝鮮エリートや住民の心の底には、金正恩の残虐性が深く刻み込まれている。

2、北朝鮮の「後継者原則」を否定した金正恩

北朝鮮では「後継者」の最も重要な資質として、先代首領(最高指導者)に対する限りない「忠実性」が挙げられている。この「忠実性」に対しては「真の忠実性とは何か。ひと言で言えば、内外の別なく心変わりを知らない絶対的で永遠な忠実性を言う」と説明され、「首領に対する忠実性は、変わりなく継承され、労働者階級の革命偉業遂行の全歴史的期間で高く発揮されねばならない」と結論付けている。

先代首領に対する限りない「忠実性」を示してこそ、金正恩は権力継承の正統性を示すことができ、先代首領の権威に乗っかり権力基盤を構築できる。しかし金正恩は、自身の権威を高めるために、先代の遺訓と路線を否定し、後継者として守らなければならない絶対的忠実性を放棄した。

金正恩の権力継承は、特にこの「忠実性」が重要だった。彼には自身が築き上げた業績がなかったからだ。金正恩が最高指導者となったのは、彼が北朝鮮金王朝独裁の始祖とされる金日成の血統を受け継いでいたことだけだった。先代に対する「忠実性」放棄によって先代との差別化はできるだろうが、彼の権力継承の正統性は崩れ去ることになる。

金正恩が北朝鮮の後継者原則を無視したもう一つの行為は、幼い娘を「後継者」の如く連れ回して、自身の統治に利用していることだ。労働新聞は娘に対して「嚮導者」との表現まで使った。これはその後取り消されたが、その混乱は今も続いている。このプロパガンダは、今後北朝鮮の後継者擁立作業にも大きな障害をもたらすだろう。

(下に続く)

トップ写真:北朝鮮の金正恩総書記(2019年4月25日 ロシア・ウラジオストック)出典:Photo by Mikhail Svetlov/Getty Images

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