【書方箋 この本、効キマス】第67回 『新しい封建制がやってくる』 ジョエル・コトキン 著/濱口 桂一郎

苦難を招く「聖なる教え」

今年の正月、NHKの『欲望の資本主義2024「ニッポンのカイシャと生産性の謎」』に出演した。ジョエル・コトキンというアメリカの学者が「新しい封建制がやってくる」と論じていたのが印象に残った。今年2月5日号で取り上げたマイケル・リンドの『新しい階級闘争』をさらに増幅した感じだったからだ。

読んでみてその印象はますます強化された。もはや資本主義創生期の階級闘争などという生易しいものではない。中世の貴族階級に相当するハイテク企業の大金持ち寡頭支配層(テック・オリガルヒ)と、中世の聖職者階級に相当する「有識者」層が、第1・第2身分として支配する社会で、中世のヨーマンに相当する中産階級と、中世の農奴に相当する労働者階級とが屈従を強いられているというのだから。

その中でもとくにやり玉に挙げられているのは、ピケティが「バラモン左翼」と呼んだ「有識者」層だ。「有識者層と寡頭支配層の多くは、貧困の拡大、社会的格差の固定化、階級間の対立といった経済停滞の影響に対処しようとせず、幅広い人々の経済成長よりも持続可能性の理想を追求している。中世の聖職者が物質主義に異を唱えたように」。「今日、苦境に立たされている中産・労働者階級の多くは、富裕層は炭素クレジットやその他の『美徳シグナリング』と呼ばれる手段を通じて、いうなればグリーンの贖宥状(免罪符)を買う行為によって、自分たちがどれだけ環境保護に熱心かを誇示する姿を見せつけられている。だが、そうした“啓蒙的”政策は、経済的余裕のない人々に異常に高い燃料コストと住宅コストを押しつけるものとなっている」。グローバルとグリーンという「聖なる教え」こそが今日の第3身分の苦難の原因なのだ。

歴史学的に言えば、中世封建制の特徴はその分権制にあり、「新しい封建制」との比喩は必ずしも成功していない。しかし、「バラモン左翼」と同様、今日の知的エリート層の有り様を中世の聖職者になぞらえるのは実にピタッとくる。ちなみに、「有識者」と訳されている原語は「clerisy」であって、聖職者(clergy)の現代版という意味だ。そして、「かつて自由な思想と探究の擁護者だと思われていた大学は、異端の考えが攻撃される場としての中世モデルに戻りつつある」という現状認識は、昨年5月15日号で取り上げた『「社会正義」はいつも正しい』の指摘とも響き合う。

苦境に立つ現代のヨーマンたちを尻目に、左翼のジェントリ化が進む。「今日のインテリ左翼は、地球環境や国境を超えた移民については関心を持つが、同胞の労働者階級についてはあまり関心を払わない」からだ。そこに蓄積されつつあるのは中世的農民反乱のエネルギーだ。現代版農民反乱のほとんど全てがグローバリゼーションや移民の大量受入れに対する反発なのも当然だろう。

本書の最後の章は「第3身分に告ぐ」と題され、その末尾には「社会的上昇を制限し、人々の依存心をより強めるような新しい封建制がやってくるのを何とか遅らせ、できれば押し戻さなければならない。それには、新しい封建制に抵抗しようとする第3身分の政治的意思を目覚めさせることが必要である」という檄文が書かれている。

(ジョエル・コトキン 著、寺下 滝郎 訳、東洋経済新報社 刊、税込2200円)

選者:JIL―PT労働政策研究所長 濱口 桂一郎

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