いつまでもつ?国境をまたぐジュネーブの地下水源を枯渇から守るには

(KEYSTONE / EQ IMAGES / Manu Friederich)

スイスのジュネーブにある帯水層(地下水を蓄える地層)は、フランスとの国境をまたぐ貴重な水源だ。1つの水源を2国間で管理・共有するという世界的にも模範的な例だったが、干ばつや人口が増える中、その供給量が限界に達しつつある。

ジュネーブ州にとって最も重要なこの地下水は、1970年代半ばに記録的に減少した過去がある。当時、解決策として、新プラントを建設してレマン湖から飲料水を汲み上げるか、人工的に帯水層に水を補充するかという2案が検討された。

1つ目の案は約1億5千万フラン(現在のレートで約258億円)という費用が発生するが、実現は可能だった。2つ目は2千万フランで済む反面、技術的には非常に難しいとされていた。結局、当局は2つ目の案を採用。幸い対策は実を結び、水位は安定に向かった。ジュネーブと国境付近に位置するフランスの自治体はこうして十分な飲料水を確保した。

だが半世紀近く経った今、人口増加と気候変動による極端な干ばつが、再び水の供給を脅かしている。当時、帯水層の回復プロジェクトに携わっていた水文地質学者のガブリエル・デ・ロス・コボス氏は、「今思えば2003年夏の干ばつが最初の警鐘だった」と指摘する。

そして干ばつは2022年と2023年にも連続して発生した。「もし過去2年に起こった干ばつが夏以外の季節にも起こり、この状態が長期化すれば、今後大きな問題になる」と警告する。

地下水資源の共有を巡り当時スイスとフランスが締結した協定は、世界中で模範とされてきたが、より持続可能な解決策へと見直す時が来た。

帯水層に人工的に水を補給する「危険な」決定

アルプスを流れるアルヴ川の水は主にモンブラン山塊を水源とし、スイスでは10カ所、フランスでは4カ所の採水地点で汲み上げられている。

ジュネーブ州で消費される飲料水の約2割はジュネーブ帯水層から供給される。国境をまたぐ地域に暮らす約70万の人々にとって、この帯水層とレマン湖の水は飲料水として欠かせない。

帯水層の水位は1960年~70年代にかけて劇的に低下した。その理由は国境の両側で行われた過剰で非協調的な搾取だ。枯れて閉鎖された井戸もある。

アルヴ川の水で帯水層を回復させるという決断は「リスクが大きかった」とデ・ロス・コボス氏は振り返る。「水理地質学的な条件が適切であること、そして何よりも帯水層に給水しても問題ない良質な水が必要だった」。当局は人工的な給水のせいで地下水が汚染されるのを危惧したのだ。

そこで管理者らは、アルヴ川の水をろ過してから地下に浸透させる涵養(かんよう)施設を建設。ろ過した水は全長5キロメートルの地下放水網を通して帯水層に浸透させる。この作業は土砂が少なく川の水が澄んでいる秋と冬に行われる。

1980年に涵養施設が稼働すると、帯水層の水位は間もなく安定した。ジュネーブ州ヴェッシーにある同施設では、毎年平均して800万~1千万立方メートルの水を人工的に充填できる。この方法はその後、地下水を涵養する際に世界中で一般的に用いられる方法として定着した。

水はスイスの物でもフランスの物でもない

ジュネーブ帯水層の例が成功した理由は他にもある。

ジュネーブ州とフランスのオート・サヴォワ県が1978年に締結した協定は、国境をまたぐ帯水層の管理について、それぞれの地方当局が関与した初の協定だった。

国の当局より自治体の方が地元の水供給について精通し、効果的に対処できるのがその理由だとデ・ロス・コボス氏は説明する。そして協定がうまく行ったのは「スイス側もフランス側も、水は自分の物だと主張しなかったためだ。水がなければ誰も生きられない。それが最も重要だった」と強調した。

涵養施設の建設費用はジュネーブ州が負担した。仏オート・サヴォワ県の自治体には、年間200万立方メートルまで無料で水を汲み上げる権利が与えられた。それ以上は有料となり、更に500万立方メートルまで水を利用できる。

「明日のことなど考えず」浪費される水

一方、水不足は世界中で問題になっている。スイス連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)も参加した最近の研究によると、1980年以降、地下水資源は世界のほぼ全域で減少し、2000年以降はその勢いが加速している。

研究の共著者であるETHZのハンスイェルク・ザイボルド教授(物理学、環境システム)は、米国に始まり地中海地域やオーストラリアに至るまで、地下水は世界中で「明日のことなど考えずに」浪費されているとプレスリリースで述べた。これは特に農業や作物の灌漑に当てはまる。

同じく共著者であるカリフォルニア大学サンタバーバラ校のデブラ・ペローン准教授は、地下水の過剰な汲み上げは人間の生活や生態系に影響を与えるとし、「やがて井戸は枯れ、飲み水だけでなく調理や洗浄に必要な生活用水も確保できなくなる恐れがある」とEメールで述べた。

河川の流れにも影響が出るため、地盤沈下で家屋やインフラに悪影響が及ぶこともある。沿岸地域では、地下水位が低下すると海水が浸透し、井戸が塩害を受ける恐れがある。そうなるとその水は生活用水や灌漑用水として利用できなくなる。

気候変動も地下水不足を悪化させている。気候はますます温暖化・乾燥化しており、農業ではこれまで以上に大量の水が必要になっている。一部の地域では降雨量が減少したため、地下水の回復はより長引くようになった。それも回復すればの話だ、と研究は指摘している。

一方ザイボルト氏は、この流れはまだ逆転できると言う。そして地下水位が必ずしも下がるとは限らないことをジュネーブの帯水層の例は示しているとした。

国境をまたぐ地域間の協定が世界に与えた影響

ジュネーブ大学のローレンス・ボワソン・ドゥ・シャズルン教授(国際法)は、ジュネーブ帯水層に関するスイスとフランスの協定は、世界の他の地域にも影響を与えたと話す。

その1つに、東サハラ砂漠の奥深くに位置するヌビア砂岩帯水層がある。世界最大級の地下水を埋蔵するこの帯水層は、スーダン、チャド、リビア、エジプトが共有する。

また、ヨルダンとサウジアラビアも国境を越えた水取引を締結した。ラテンアメリカでは、2020年にアルゼンチン、ブラジル、パラグアイ、ウルグアイが結んだグアラニー帯水層に関する協定が発効した。

ジュネーブ大学の研究・政策機関「ジュネーブ・ウォーター・ハブ」のジャン・ウィルマン氏は、気候変動によって乱れた水循環を平和的に管理する鍵は、「水のナショナリズムを捨て、対話を深めることだ」とした。

新たな合意が必要に

だが環境や需要の変化から、ジュネーブ帯水層が供給できる水の量は、現在の協定では限界に達している。同地域の人口は急増しており、2020年に約100万人だった人口は2040年には130万人に達する勢いだ。

また近年のように秋や冬に干ばつが発生すると、アルヴ川の水で帯水層を補充するのが難しくなるとデ・ロス・カボス氏は指摘する。

スイスとフランスの公的機関は新たな協定について交渉中だ。現在、フランス側の取水を有料にするという案が検討されている。今も関係者らの活躍を見守り続けるデ・ロス・カボス氏は、これは経済的な水利用を奨励するのが目的だと話す。

その代わり、フランスの自治体にはより多くの決定権が与えられ、ジュネーブ帯水層から汲み上げてよい水の量も増える。ただし、この地域に分布する他の小規模の帯水層、特にジュネーブ州へと流れる河川に水を供給している帯水層からの汲み上げは制限される。これらの河川は昨夏、干上がった経緯がある。また、フランス側のジュネーブ帯水層について、今以上の調査を実施するよう仏自治体に求められる。

新協定は11月に発効する予定だ。「持続可能な解決策が見つからない場合、残る選択肢はただ1つ。水の消費を減らすことだ」(デ・ロス・コボス氏)

編集:Sabrina Weiss/ts、英語からの翻訳:シュミット一恵、校正:ムートゥ朋子

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