『ラップスタア』の在り方はどう変化した? Kaneee、Watson……“王冠が無い王”の活躍から考える

次世代ラッパーを発掘するオーディションプロジェクト『ラップスタア 2024』(ABEMA)。2017年に始動した同番組もシリーズ7回目を迎えて、当初は228名だった応募者も5,785名にまで増加。¥ellow Bucks優勝後すぐの『ラップスタア誕生 2020』ですら、まだ1,416名だったことを考えると、圧倒的な数の応募が集まっていることが伝わるだろう。

ラップという音楽がヒップホップカルチャーからやや切り取られる形で、むしろポップミュージックに追従する流れを感じる昨今。『ラップスタア』もここ数年で独自の発展を遂げている。応募数の変遷を見れば、ラップミュージックの世間への浸透ぶりや、番組に挑戦すること自体のハードルが低くなっていることは一目瞭然だ。その良し悪しは抜きに、ラップ未経験者が思い出作りの一環として『ラップスタア』に応募するといったケースも見られている(筆者の周囲でいえば、会社の同僚が応募したなんて例も)。

そこで本稿では、ラップ/ヒップホップシーンの動きに連動する形で徐々に変化してきた番組の在り方や立ち位置について、惜しくも優勝を逃した〈王冠が無い王〉(「SPECIAL CYPHER 2023」)として、3名のラッパーを紹介しながら考えていきたい。

■Kaneee

北海道出身の2000年生まれ。前回の『ラップスタア誕生 2023』にて、上位30名の「SELECTION CYPHER」まで進出。視聴者投票2位を獲得するも、審査員得票で一歩及ばず次ステージへの切符を逃した。そんな彼は応募当時、ラップ歴3カ月ながらも、あのYZERRから「“来ちゃった”んじゃないですかね」、ZOT on the WAVEからも「才能あります。それは確実」と太鼓判を押されたほどの才能の持ち主。遡ること、中学時代からバンドやシンガーを経験したこともあるようで、数々のプロデューサーから賞賛されるメロディセンスやボーカル力、オートチューン映えする歌声はそこで磨かれたものだという。

実際、筆者がこれまで「ラップスタアって、めちゃめちゃ夢があるな」と最も実感させられたラッパーこそ、Kaneeeにほかならない。前述の「SELECTION CYPHER」から約2カ月後。しばしの沈黙を経て、彼が次に人前に姿を現したのはなんと、幕張メッセに集まった観客、約1万5,000人もの目の前。国内最大規模のヒップホップフェス『POP YOURS 2023』の大舞台だった。後の「Young Boy」として生まれ変わる番組への応募動画にてSTUTSのビートを選択したところから縁が繋がり、彼のステージのラストに登場。共作した「Canvas」をサプライズで初披露した。デビュー戦が幕張メッセのラッパーなんて、信じられるだろうか。

そこから数々のライブ出演をはじめ、BAD HOP「We Rich feat. G-k.i.d, Yellow Pato, Kaneee & KOWICHI」、DJ RYOW「Factor feat. Kaneee, C.O.S.A.」など、大物アーティストの客演に招かれる。そんな活躍の暁として、つい先日の『POP YOURS』で自身のステージが用意されると、恩師・STUTSを今度は自身の力で招くまでに。また、Kohjiya、Yvng Patraとともに『POP YOURS』オリジナルソング「Champions」を制作し、同フェスの看板にまで登りつめた。それもたった、1年間での出来事である。

「Young Boy」の1曲だけで、自身の運命を変えたKaneee。リリースにあたっては2バース目が追加され、〈気付けばPlayer/Imma fuckin’ famous/俺の色を付け足してくCanvas〉なんてセルフサンプリングを交えながら、ラッパーとして躍進する現状が歌われていた(個人的には、“27 Club”やA$AP Rocky「L$D (LOVE x $EX x DREAMS)」の引用を織り交ぜたラインも好きなのだが)。たとえラップスタアになれずとも同等、あるいはそれ以上の活躍ができる。自身の夢を描くキャンバスが色鮮やかになり、なんならその大きさだって……。彼の存在に勇気づけられたラッパーも多いに違いない。

■Watson

徳島県小松島市出身の2000年2月22日生まれ。2021年にリリースされてバイラルヒットした「18K」や、2022年5月にYouTubeチャンネル『03- Performance』にて公開された「reoccurring dream」の2曲で自身の現状を変えると同時に、国内ラップシーンにおける2020年代最初のゲームチェンジャーとなった注目ラッパーである。

KOHH(現:千葉雄喜)やT-Pablowのようにストリートに根差したラップをしたり、「reoccurring dream」の〈だいきが嫉妬するはずだが〉など、ZORNのように地元の友人の名前をリリックに込めたりと、彼のスタイルを語る切り口は様々。それでも特筆すべきはやはり、物事を対比させながらユーモアを交え、上手いことを言ってくすりと笑わせる表現技法だろう。「reoccurring dream」でいえば、〈四六時中ずっと触ってるちんちんでもやな事触れない〉のような部分。その影響力は、『ラップスタア 2024』で審査員から「Watson以降のラップ」として括られたほど、彼のスタイルを模倣したラッパーが多く見られたほどだ。

とはいえ、Watsonにも『ラップスタア』で王冠を逃した過去が。しかも、応募した『ラップスタア誕生 2021』では、動画審査の段階で予選落ちするなど、まったく陽の目を見ない結果だった。当時こそ、緩めのフロウで現在のスピットスタイルと異なっていたり、前述の“Watson以降のラップ”も見られなかったためやや致し方ないのだが、来る6月29日には千葉・幕張メッセにて開催される番組主催フェス『STARZ』への出演が決定している。Watsonの存在は『ラップスタア』が見つけきれなかった原石ながらも、前述の影響力を踏まえるに、今回ばかりはブッキングせざるを得なかったのだろうと勝手ながらに想像している。

そのほか、Watsonの魅力は、活動におけるハードワークぶりにもある。2023年中盤までは毎週のように新曲や客演曲が発表されていたことに加えて、現在開催中の全国ツアーもフライヤーを見てもらえれば一目瞭然だが、軽く引くようなスケジュールが並んでいる。北海道の翌週に鹿児島を訪れるなど、7月末までの数カ月間、冗談抜きで全国を飛び回っているのだ。本当によく稼働するラッパーであり、代表曲のひとつ「24/7」で歌われる〈俺をみたら時間ないと言い訳では使えないよ〉のラインは、まさしくとしか言えない。

和歌山県和歌山市築港出身の2001年9月30日生まれ。放送中の『ラップスタア 2024』に挑戦したものの、上位40名の「SELECTION CYPHER」にて敗退。まだ番組登場から間もないMIKADOだが、『ラップスタア誕生 2020』にて大量の米俵をバックにラップしたTOFU、前回の『ラップスタア誕生 2023』ではファイナルステージまで進出し、最近はKEIJU、LANAやElle Teresaらと共演する7ら、いわゆる“和歌山勢”のひとりとして、今後への大いなる期待込みで最後にピックアップしておきたい。

MIKADO自身、ラップスタアになる素質は抜群で、バックグラウンドとしては、父親が拳銃で撃たれて亡くなり、母親もつい昨年まで刑務所生活だったとのこと。なかなかのストリートライフを歩んできた。ラップスタイルについては、Watsonがかつて、Tee「Japan (feat. Watson)」にて、〈今気になってる子Mikado/女の子じゃ無いrapperの〉とネームドロップで興味を示していたように、いわゆる“Watsonフォロワー”に近いものを感じる。

今回の応募動画では、Homunculu$謹製のドリルビートを選択し、「Homunculu$のビート 俺1番似合ってる 地元は築港 分からすいい加減」とラップ。「数少ない友達と成功はセットでいくぞ まるでマクド」のラインからその後に「誰も口挟ませない 俺がゲトるbands」と、ハンバーガーのバンズを絡めて先に登場した“マクド”の伏線を上手く回収したり、動画内で実際にハンバーガーを持ち出して食べ始めたりと、映像としてもサグユーモアが笑えるものだった。

また、筆者観点では彼の言葉通り、どのラッパーよりも上手くビートアプローチをしていたと確信しているのだが、それもそのはず。なにせ、以前にはHomunculu$、TOFUらとクルー・GREEN ICEで共に活動をしてきた同志(現在は解散)。Homunculu$ビートは勝手知ったるところだろう。

そのほか番組内では、R-指定(Creepy Nuts)から“ガヤ師”としての才能を見出されていたMIKADO。サイファー審査でこそ繰り出されなかったが、応募時の音源では「Homunculu$のビート 俺1番似合ってる(言った!!)」というアドリブが入っていたのだ。「言った!!」というあまりにストレートすぎて、逆にこれまで“言われて”こなかったアドリブ。あまりに発明すぎる。MIKADO自身も気に入っているようで、「言った!!」という楽曲もすでにリリースしているほか、7、Kohjiyaらがリミックスに参加することも決まっているらしい(ちなみに、ここでの“言った”は“言質を取った”などではなく、“お、出たな!”といったポジティブな意味を持つローカルスラングとのこと)。

そんなMIKADOの楽曲を初めて聴くならば、2022年2月の発表曲「SLATT!!」がおすすめ。ビートを手掛けたのはHomunculu$で、フック終盤の〈この街から飛び立つ 築港1丁目の話〉まで、MIKADOの出自がリリックに敷き詰められている。また、TOFU & MIKADO名義でつい先日に発表されたばかりのアルバム『New Vintage』も見事だった。

■“ラップスタア”という絶対的価値以外の新たな価値

本稿でピックアップした3名以外にも、SATORU、Bonbero、valkneeら、活躍が目覚ましいラッパーが数多くいることは重々承知している。今回は網羅性を抜きに、筆者の趣味も含めての人選となったが、思えばTohji、WILYWNKAなど、ラップスタアという絶対的価値を掴みきれずとも、それがすべてでないと証明するラッパーは番組開始当初から存在してきた。その上で、STUTSから“飛び級レベル”のフックアップを受けたKaneeeや、賞レースに頼らないWatsonのような存在が登場することで、その傾向が色濃くなっている、という話である(Watsonはここでは関係ないと思われるかもしれないが、「MJ Freestyle」では〈ラップスターには落ちたが今がある〉とも歌っているあたり、番組のことを意識しているのは間違いない)。

また、ANARCHYやSEEDAが新シーズンのたびに語ってきた通りで、『ラップスタア』に登場している時点で、すでにラッパーとしての才能を持ち合わせているのは確実。自身の存在を世間にアピールするオーディション番組という性質上、もはや改めて書くまでもないのだが、リスナーに対して自身のバックグラウンドやキャラクター性を、ラップ以外の側面から共有できることにも、番組参加の意義があるのだろう。各ラッパーの地元を訪れ、彼らの幼少期や活動黎明期を知る人物とのやり取りを通し、各々の人となりをVTR形式で伝える「HOOD STAGE」は、その代表例といえる。

さらに具体的にいえば、すでに名の知れたラッパーやプロデューサーにチェックされたり、各種ストリーミングのプレイリストに楽曲がピックアップされたりと、いわばシーンの“カタログ”に載ることこそ、ある意味でラップスタアの称号や賞金300万円以上に大きな意味を持つもの。事実、今大会を勝ち進んでいるKohjiyaは、ラップスタアの王座につくことを、あくまで2024年における活動の勢いを「加速させるため」として位置付けていた。

繰り返しになるが、ラップスタアという絶対的価値よりも、そこで現状にどれだけのブーストをかけられるかが、多くのラッパーの間で重要視の対象に移り変わっている気がする。〈王冠が無い王〉にも十分な価値があると示されたいま、彼らのさらに上に立つ“ラップスタア”には、新たな理想像の模索が求められていきそうだ。

(文=whole lotta styles)

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