ベルンの名所「子喰い鬼」噴水の由来は? 市が新しい説明書き

ベルン旧市街の観光名所の1つ「子食い鬼の噴水」。2023年末に赤いペンキをぶちまけられるいたずらに遭ったが、24年2月に清掃された (Keystone / Peter Klaunzer)

スイスの首都ベルンで観光名所の1つとなっている「子喰い鬼の噴水」。ベルン市はこのほど、複数ある由来を紹介する新しい説明書きを設置した。反ユダヤ主義的な言説も敢えて明示することで、見る人に熟考を促すのが狙いだ。

ベルン中央駅から徒歩約10分の距離にあるコルンハウス広場(Kornhausplatz)には、数人の裸の子どもを丸のみしようとする「子喰い鬼の噴水」(スイスドイツ語でChindlifrässerbrunne)像がある。1545年頃、フリブール出身の彫刻家ハンス・ギエンによって制作された。クマ公園と並び、ベルン市民で知らない者はいない有名な史跡の1つだ。ただこの像が何を意味するのか、正しい由来を知る者はいない。

巷には諸説ある。ギリシャ神話に登場するクロノスだと見る説もあれば、ファスナハト(カーニバル)の参列者とする説、子どもを怖がらせるための偶像であるとする説もある。19世紀以降は反ユダヤ主義的な言説も流布した。子喰い鬼は、キリスト教徒の子どもを食べるユダヤ人を表象しているとするものだ。

「子どもの恐怖」に限らない

これまで像のふもとに掲げられた説明書きには、子どもを怖がらせるための像としか記されていなかった。だがベルン市は今月、説明書きを付け替え、反ユダヤ主義説も含めた複数の由来を列挙した。

こうした措置に乗り出すのはベルン市だけではない。スイスでは近年、記念碑の歴史的な由来や議論を記した説明書きを加える動きが広がっている。

そのきっかけになったのは2020年の反人種差別運動「Black Lives Matter(黒人の命も大事)」だ。各地に置かれた記念碑や銅像について、植民地時代や人種差別の歴史を巡る議論が再燃した。

反ユダヤ主義は根強い

ベルンの子喰い鬼像が本当に反ユダヤ主義的な由来を持っているのかどうかは立証されていない。だがベルン大学のルネ・ブロッホ教授(ユダヤ学)は、こうした言説が隠蔽されないことが重要だと指摘する。「ユダヤ人が子どもをいけにえにしたという言説は古くから存在し、今日も残っている。だからこそ、反ユダヤ主義的な解釈があると注意喚起することが大切だ」 。子喰い鬼はローマ神話の「サトゥルヌス」(ギリシャ神話の「クロノス」)であるという説も有力だ。サトゥルヌスは自らの子どもを食べるとされ、ブロッホ氏によると「サトゥルヌスが時としてユダヤ人と関連付けられたことが分かっている」。

ベルン市文化局のフランツィスカ・ブルクハルト局長も、あらゆる解釈の多様性を示すことが重要だと考える。「二極化したこの世界で、異なる見解が開示・議論されることが必要だ」

否定的な反応はなし

ベルン市は長い間、標識の在り方について議論を重ねてきた。ブルクハルト氏は、実現までにこれだけ時間がかかったのは政治の歯車の遅さのせいだと考える。「多くの利益団体と調整しなければならなかった」

だが今は、異なる解釈についての意見交換が建設的なものになるとブルクハルト氏は楽観する。今のところ、新しい説明書きに対する苦情は1つも寄せられていない。

独語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:大野瑠衣子

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