『マッドマックス:フュリオサ』はひたすらに“エピック”! 人生を描くアクションに震える

2015年、世界が讃えた作品があった。ジョージ・ミラー監督による『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(以下、『怒りのデス・ロード』)だ。第88回アカデミー賞で10部門にノミネートされ、6部門で受賞。日本はもちろん世界中の映画ファンを滾らせた作品として認知は広く、ロングランヒット。モノクロ版として知られる「ブラック&クローム」エディションも、発表当時かなり話題になった記憶がある。単純に、ここまで言語の垣根を超えて多くの人から愛される作品はここ数十年で数えるほどしかなく、『マッドマックス 怒りのデス·ロード』はその中でも存在感が強かったように感じる。そして約9年の時を経た今、さらなる衝撃に備えてほしい。ミラー監督の新たな『マッドマックス』サーガ……5月31日より公開の『マッドマックス:フュリオサ』(以下、『フュリオサ』)だ。

新たなエッセンスを持ちつつ、相変わらず豪快で圧倒的
本作は一言で表すなら、“エピック”……叙事詩のように圧倒的で壮大、としか言いようがない。物語の舞台は『怒りのデス・ロード』の15年前。「緑の地」と呼ばれる安息地で、健やかに“笑顔で”フュリオサ(アニャ・テイラー=ジョイ)は過ごしていた。しかし、「緑の地」の敷地内にある森に忍び込んだならず者に遭遇してしまい、彼女は連れ去られてしまう。彼らはディメンタス将軍(クリス・ヘムズワース)率いる巨大なバイカー集団「バイカー・ホード」の末端で、彼女を差し出すことで「緑の地」があることを証明しようとしていた。その場所を突き止めたいディメンタスと、絶対に話さないと決めたフュリオサ。彼女は囚われの身として「バイカー・ホード」とともに長い年月、荒地を彷徨うことになる。

本作は『怒りのデス・ロード』でシャーリーズ・セロンが演じ、強烈なインパクトを残したフュリオサという人気キャラクターのオリジン映画でありつつ、それにとどまらない。あの『マッドマックス』シリーズに通底する暴力と狂気がハーモニーを奏でる世界観や、見応え抜群なアクションシーンは健在している。そういった点で『マッドマックス:フュリオサ』は前作から多くの魅力を継承しているが、少し違う顔も覗かせるのだ。

『怒りのデス・ロード』では力強いキャラクターが数多く登場するも、彼らはあくまで作品や想像を絶するアクションシーンを構築するうえで、それぞれが平等な歯車のようなものとして機能していたように思える。それゆえに映画そのものがタイトに作られていた印象だ。それに対し『フュリオサ』は、キャラクターを物語るうえでスタントアクションやシーンの全てが構築されている。彼女の怒り、恨み、復讐心、そして母と交わした“約束”を守るためーー本作のアクションシーンは、フュリオサそのものを語るからこそさらに没入することができ、重厚感を持ちながら感情的に私たちの心に訴えかけるのだ。だからこそ圧倒的なのである。

■アクションはもちろん、映画そのものが“エモすぎる”

セリフに頼らず、アクションなどの動きで物語を語るミラー節が、本作でも相変わらず炸裂。特にウォー・タンクを使った長尺シーンは、前作が「車両として逃げなきゃいけない」だったのに対し、本作では「車両の中にいるフュリオサが逃げなきゃいけない」と、ここでもキャラクターにメインフォーカスが移され、車両が受ける攻撃のみならずフュリオサ個人が受ける攻撃を描くことで、よりスリル満点なものになっている。もちろん、臨場感も計り知れない。『怒りのデス・ロード』を鑑賞した上で観ているのであれば、時系列的に彼女がどうなるのかわかっているはずなのに、それでも何が起こるかわからないと思ってしまうほど本作はサプライズに富んでいた。このどんな条件でも観客にハラハラ感を持たせるミラー監督の技量は、正直言ってどうかしている。

前作がノンストップアクションシークエンス映画だったのに対して、本作はアクションを保ちつつ、先述の通りそれがキャラクターを語るためのものになっているため、作品鑑賞そのものが「フュリオサ」と題された彼女の人生を“長編小説”として読み進める感覚に近い。それぞれがタイトルを持った5つの章に分けられて物語が構成されているのも、そう感じる理由の一つかもしれない。フュリオサを演じるアニャ・テイラー=ジョイを真っ先に登場させず、物語の前半を彼女の幼少期を演じたアリラ・ブラウニーに託した点からも、“人生”という長い年月を強調させると同時に(『怒りのデス・ロード』が描いた2、3日とは訳が違う)、俳優を映すのではなく“フュリオサを描く”というミラー監督の気概を感じる。

このようにキャラクターを主軸にするからこそアクションシーンも効果的で、荒地で起こっているすべてのことがより恐ろしく、絶望的なものに感じられる。加えて、非アクションシーンも見応えがすごい。たとえば本作のメインヴィランであるディメンタスと、『怒りのデス・ロード』で登場したイモータン・ジョーが対峙するシーンの緊張感、そしてフュリオサが出会う新たな仲間ジャックとのケミストリー……静かに見えてその実すごく激しくてエモーショナルな場面が山ほどあるのだ。ストーリーそのものにより深みがあって、そのリッチな作りゆえに、アクション好きはもちろん、幅広い映画ファンに刺さることだろう。

■アニャ・テイラー=ジョイとクリス・ヘムズワースに脱帽

作品の持つ感情を最大限に引き出した功労者は他でもない、メインキャストの2人だ。アニャ・テイラー=ジョイが演じるフュリオサは、『怒りのデス・ロード』で垣間見えた穏やかさと包容力、冷静さが形成される前の彼女。より生々しい復讐心を抱いており、激しく、鋭い眼光を放っている。しかし、仲間は絶対に見捨てない。「緑の地」から荒地に連れ出された彼女が、周囲の狂気に飲み込まれまいと強靭になっていく様子を、子役として幼少期を演じたブラウニーは見事に体現した。そして彼女にフュリオサのキャラクター像を説きつつ、シームレスにバトンを受け取ったテイラー=ジョイの「ただ出演するのではなく、ミラー監督とともに作品を作り上げる」という精神も映画の節々から伝わってくる。

そんな彼女とともに撮影を走り切ったのは、マーベル映画への出演でもよく知られるヘムズワースだ。圧倒的な筋力と甘いマスク、そして世界中で愛される人気フランチャイズで演じる“ヒーロー”のイメージが強い彼は、他の作品でもちょっと気が抜けた優男を演じがち。しかし、本作で演じるのは特殊メイクで義鼻をつけ、口髭を伸ばしたサイコパスという、普段のイメージと真逆のキャラクターである。とはいえ、ヘムズワースは以前も『ホテル・エルロワイヤル』(2018年)でサイコパスな役を見事に演じ切っており、これが初めてというわけではない。

彼が演じるディメンタスは、サディスティックだがユーモアのあるキャラクターだ。一見話が通じそうだが、実際にはその辺の暴走族よりも冷血で非道。所有欲や独占欲が強く、イモータン・ジョーのような落ち着きがないため悪党としては小物感を感じさせる時もある。しかし、基本的に狂っていて極端な性格ゆえにハラハラさせられる。バカなのかと思いきや、相手の心根を奥底まで見透かすようなずるがしこさを持っていたり、嫌な奴と素直に割り切れたらいいものの常に体に大事なテディベアを身につけていて、何だか憎みきれなかったり。その多面性が作品のヴィランとして魅力的で、私たちもフュリオサとともにこの男に振り回されることになる。つまり、最高のキャラクターなのだ。そしてそれを演じ切ったヘムズワースと彼のキャリアにとって、間違いなく最重要な役となるだろう。

■紡がれる精神とディテールを見逃すな

本作は『怒りのデス・ロード』にとどまらず、シリーズ1作目の『マッドマックス』から続く精神が共有されている。それは“自由への渇望”と“復讐”だ。前者は『怒りのデス・ロード』でワイブスやフュリオサ、そして囚われたマックスらが体現した「自分は誰のものにもならない」という反骨心であり、後者は『マッドマックス』のラストでも強烈に描かれた「復讐しても愛する者が帰ってこない悲しみと虚しさ(それゆえに誰かを失う事の重大さは計り知れないこと)」を意味している。そういった点で、『フュリオサ』はシリーズの始まりに立ち返る、輪が一周回って完成するようなテーマが実直に描かれているのだ。

そして相変わらずディテールの作り込みがすごいので、細部にまで目を向ければ向けるほど新しい発見が楽しめる。特にフュリオサを語る上で欠かせない“髪の毛”が、本作では随所でかなり強いメタファーとして効果を発揮しているので注目していただきたい。作品とフュリオサが持つ感情、そして壮大な映像表現がなだれこむ圧倒的な映画体験。本作を観ずして、2024年の映画体験は語れないといっても過言ではないくらいだ。もっと細かく具体的に、それぞれのシーンやキャラクター同士の関係性を綴れないのが残念なくらい、鑑賞後に語りたいことが山ほどできる作品だと思う。前作に引き続き、凄すぎて名状し難いこともたくさんある。ただ、一つハッキリと言えることがあるとすれば、それは本作を鑑賞した後に観直す『怒りのデス・ロード』は、また格別な味わいになるということ。

多くの映画撮影の現場では、監督の「よーい、アクション!」で撮影が始まる。しかし『フュリオサ』の現場は、「Start your engine!(エンジンを入れろ!)」という掛け声、そして現場や自身の内側に鳴り響く轟音が準備の合図だったとジョイとヘムズワースは語る。(※)ぜひ、あなたも心のエンジンを吹かせながら(特にIMAXなどの!)大きなスクリーンで、再びあの荒地を訪れてほしい。

参照
※ https://www.youtube.com/watch?v=WzNlp_qX2RQ

(文=アナイス(ANAIS))

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