「バッキャロー死にてえのか!」少女漫画のド定番?「車の前に飛び出して怒鳴られるシーン」は本当に存在したのか

Kissコミックス『白鳥麗子でございます!』第3巻(講談社)

昔のドラマには、主人公などが車に飛び込み、その直前で車が止まってなんとか助かるようなシーンがよくあった。例えば1991年にフジテレビ系列で放送された『101回目のプロポーズ』が有名だ。主人公の中年男・達郎が、お見合い相手である薫に「もう好きな人を失うのは怖い」と言われ、ダンプカーの前に飛び出したシーンである。「バカヤロー! コラ、死にてえのか!」と運転手に怒鳴られながらも、このときに言った「僕は死にません!」というセリフは流行語大賞を受賞している。

このドラマの影響もあってか、昔の少女漫画にも似たようなシーンがよく登場する。今回はそんな、車の前に飛び出して間一髪だったシーンを振り返ってみたい。

■好きな人の手紙を取り返すために道路に…『悪女』

深見じゅんさんの『悪女(わる)』は、バブル時代のOLが仕事に恋に奮闘する姿を描いた作品だ。主人公の新入社員である田中麻理鈴が社会人として成長する姿を描いている。

麻理鈴の前には次々と無理難題を押し付けるような嫌な上司なども登場する。それでも麻理鈴が頑張れるのは、入社当初から親しみを込めて“T・Oさん”と呼ぶ、田村収への強い想いがあったからだ。

ある日仲間の協力により、T・Oさんからの手紙をもらうことができた麻理鈴。しかし、かつて麻理鈴の仲間であった海外事業部の板倉夕子は、麻理鈴の行動力を利用するため、その手紙を道路沿いで取り上げてしまう。そして「私のいうこときかないならこの手紙を道路に捨てる”」と言って麻理鈴を脅す。

しかし押し問答のすえに手紙は道路に落ちてしまい、麻理鈴は手紙を取るためにとっさに道路に飛び出す。キキーッという激しい音とともに車が止まり、すんでのところで麻理鈴は大怪我をせずに済んだ。

「ばかやろう! なにやってんだ」という運転手の罵声を受けつつ、板倉のもとに戻る麻理鈴。死亡事故にもつながりかねない行為をした板倉に対し、普通は激怒するところだが「私すこし怒っていますからね」で済ませてしまうのが麻理鈴らしい。

自分の命も顧みず、T・Oさんからもらった手紙のためなら道路にまで飛び出してしまうのには驚きだ。しかし昔の少女漫画には、好きな人のためならたとえ火の中水の中……といったシーンも多かったのだ。

■美人薄命…と思いきや?『白鳥麗子でございます!』

鈴木由美子さんによる『白鳥麗子でございます!』は、プライドの高い主人公・白鳥麗子の勘違いによるハチャメチャ展開を描いたラブストーリーだ。そんな本作にも麗子が車に危うく轢かれそうになるシーンが登場する。

コミック3巻の「恐怖の世界へようこそ」では、麗子の顔に大量の吹き出物ができてしまう。しかし麗子は目が悪くて自分の顔がよく見えず、その状況に気づかない。いつもなら街を出歩けばナンパかスカウトにしか声を掛けられないのに、その日はナンパだと思ったら“赤い羽根募金”の声かけだったり、ナンパしてくる男は顔を見るなり逃げ出したり……。麗子はいつもと違う日常にショックを受けフラフラとさまよっていた。

そんな時、1台の大型トラックとぶつかりそうになり「きゃ」と声を上げた麗子。トラックの運転手は「バッキャロー 気をつけろいっ 死にてーんか このっブス」と暴言を吐いて去っていく。これまでブスという言葉を言われたことがなかった麗子はショックを受け、さらに自分より容姿的に劣る女がモテているのを見て、“世の中が逆転してしまった”と勘違いし、ハチャメチャな行動を展開していくのだった。

『白鳥麗子でございます!』には往年の少女漫画を彷彿させるシーンがたびたび登場し、この“バッキャロー!”のトラックシーンもパロディ的な描写と言えそうだ。九死に一生を得るようなこんなシーンでも、笑いが巻き起こるストーリーになっているのが本作らしい。

■娘を探すために見えない目で歩き回り…『ガラスの仮面』

美内すずえさんによる舞台演劇をテーマに描かれた名作『ガラスの仮面』には、車とぶつかってしまう場面が登場する。それが、主人公・北島マヤの母親である春のシーンだ。

もともとマヤは母親の春と2人暮らし。しかしマヤは演劇に夢中になり春と衝突し、家を飛び出してしまう。離れて暮らす間にマヤは次々と舞台に立ち、女優として成長していく。しかしその頃の春は結核に侵され、栄養失調が原因で目が見えなくなっていた。しかも大都芸能社長の速水真澄の策略により、山奥の病院に軟禁されていた。

ある日、春はマヤに一目会いたいと病院を抜け出し、歩き続けるうちに財布を落としてしまう。親切なトラックドライバーに送ってもらうものの、途中で車から降りて再びマヤのいるであろう東京へと歩き出す。しかし咳き込み、よろけたところに1台の車が来て衝突。慌てたドライバーだが、春が起き上がるのを見て「き 急にとびだしてくるから悪いんだ! 気をつけろ!」といって去ってしまう。

その後、ぼろぼろの体で吐血しながらも、マヤの映画が上映されている山梨の映画館にたどりついた春。劇場内で響くマヤの声を聞きながら、春はそのまま息を引き取るのであった。

春の直接の死因は頭部打撲による脳内出血で、このときの交通事故が原因と思われる。そのため、これは“車とぶつかりそうになりつつ助かった”というシーンではない。

しかし、なんとか映画館までたどり着き、愛するマヤの声を聞きながら亡くなったのは、まだ救いのあった最期といえるのではないだろうか。春の死は『ガラスの仮面』の中でも悲しいシーンであり、交通事故というアクシデントがより不運な状況として描かれている。

今回紹介した「車に飛び出して、運転手に怒鳴られるシーン」は、読み手をハラハラさせ、ストーリーをドラマチックに展開させるのに役立っている。

しかし当然ながら、ギリギリで助かるのは漫画やドラマならでは。実際にそんなことをすれば死亡事故にもつながりかねないので、決してマネをしてはいけない。どれだけ大切なものがあっても道路に飛び出すといったことはせず、普段から安全な生活を心がけたいものである。

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