母国で「廃止論」、三笘の「1ミリ」と新潟VS柏戦「トラブル」、レフェリーの「起源」【サッカーにVARは本当に必要か】検証(1)

テクノロジーの進化が生んだともいえる三笘の1ミリ。だが、さまざまな問題も…。撮影/原壮史(Sony α1使用)

サッカーはピッチ上の技術や戦術のみならず、テクノロジーも日々、進化している。一方で、VARなどの技術の介入、乱用には批判、疑問の声も多い。イングランドで出たVAR廃止論を糸口に、サッカージャーナリスト大住良之がサッカーにおけるテクノロジーのあり方を考える。

■サッカーの母国からの「衝撃的な訴え」

サッカーの母国であり、今や名(スター選手の多さ)実(収益の多さ)ともに「世界最高のリーグ」と言われるプレミアリーグを持つイングランドから、「VAR廃止か」という衝撃的なニュースが流れたのは、5月中旬のことだった。

ビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)に関する議論のやかましさは、イングランドの右に出るものがない。さすが「サッカーの母国」であり、「レフェリー」という存在、名称自体を生んだ国と言わなければならない。

「レフェリーreferee」とは、本来「問い合わせを受ける者」を意味する。少し雑な説明になるが、19世紀の半ばにサッカーが誕生した頃は、反則があると両チームのキャプテンが判定を下し、時には自チームの選手を退場させることもあった。しかし、勝負に対するこだわりが強くなり、しかも勝敗が金銭的報酬の多寡(多い少ない)に反映されるようになると、その意見が合わなくなる。

そんな状態になったとき、両チームは観客席で観戦している観客の中から見識のありそうな「紳士」にお願いし、「どちらが正しいと思いますか」と、意見を求めるようになる。そして「紳士」の考えが最終判定となる。やがて紳士は観客席から降りてピッチに立ち、手にしたステッキをホイッスルに替えて、すべての判定を下す審判員となる。最近はカラフルになったが、審判員の服装が本来、黒なのは、当時の「英国紳士」の定番であった黒いフロックコートのなごりであるという。

■「気恥ずかしい」VAR判定を待つ時間

さて、2018年のルール改正で正式に使用が認められ、その年のワールドカップ・ロシア大会で使用されたのを皮切りに、VARシステムは世界の主要大会で使用されるようになった。プレミアリーグでも2019/20シーズンから使われ、5シーズンを過ぎた。だが、最終判定までに時間がかかりすぎること、「誤審をなくす」ことが目的なのに、逆にVARが誤審を導くこともあり、イングランド・サッカー協会とは独立した組織になっているプロ審判協会がたびたび謝罪をするハメになるなど、問題も多発している。

ゴールが決まって主審が得点の合図をしても、「VARが何か異議あるのではないか」と、選手やファンは素直に喜ぶことができない。主審が試合再開をストップしてVAR判定を待つ時間は、サッカーという競技で最も気恥ずかしいものだ。そして、なぜVARで判定が変わったのか、十分な説明も行われないことに、チームもファンもいら立っている。

■トップクラスと以外で「違うゲーム」に

そしてVARシステムは機械を使うので、支障が起こることもある。2023年J1リーグのアルビレックス新潟×柏レイソル(5月7日)では、VARに必要な機材を積んだ車両が手配ミスで試合会場に届かず、両クラブの了解を得てVARなしで試合が行われたこともあった。

何よりも問題なのは、VARは非常に費用のかかるシステムであり、日本でも導入されているのはJ1のほか、重要な大会の決勝戦などに限られていることだ。トップクラスのサッカーとそれ以外で実質的に「違うゲーム」になっていることの違和感は小さくない。

もちろん、VARで救われることもある。ピッチ上の審判員たちがまったく気づかなかった重大な違反行為がVARによって明らかにされ、退場やPKなどという形で「正義」が実現されることもある。オフサイドかどうかの判定は、時に「このくらいいいのでは」と思う微妙なときもあるが、VARが大きな威力を発揮する場面だ。

だが、プレミアリーグに「VAR廃止」を提案したプレミアリーグ1部のウォルバーハンプトン・ワンダラーズは、「VAR導入から5年、その将来について建設的で批判的な議論が必要。わずかな精度の向上のために支払う代償は見合うものではない」と、その提案した理由について説明している。ちなみに、この提案は6月6日のプレミアリーグ年次総会で議論されることになっている。

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