医療・法曹界の“偏見”も多い「痴漢は病気」という視点 性的依存症の治療に立ちはだかる“障壁”の正体

痴漢をはじめとする性的問題が「医療の問題」と考えていない専門家も少なくないという(polkadot / PIXTA)

スーツ姿のサラリーマン、大学生、自営業の男性…。職業も年齢もバラバラの彼らが平日夜、東京都心にある駅前の病院に集まる目的は「痴漢外来での治療」を受けることだ。

再犯率が高い痴漢は「犯罪」であると同時に、その一部は「性的依存症」という病でもあるとされている。本連載のテーマは、痴漢外来の治療プログラムを担当する心理学者が、研究および臨床経験を通して見た痴漢加害者の実態だ。

第2回目は、医療や法律の専門家のなかにも反対や偏見が多いとされる「痴漢は病気」という視点について考える。

(#3に続く)

※ この記事は、筑波大学教授・保健学博士の原田隆之氏による書籍『痴漢外来 ──性犯罪と闘う科学 』(ちくま新書、2019年)より一部抜粋・構成。

被害者がいる「依存症」

性的依存症がほかの依存症とは大きく異なる点がある。それは多くの場合、言うまでもなく、明白な被害者がいるということである。

被害者にしてみれば、これまでの説明(編注:抜粋箇所外。ストレスやネガティブな感情が起きたときに、それを紛らわせたり発散させたりしようとして痴漢に及ぶ者がおり、その対処法として「コーピング」という手段がある)を聞いて、「人の身体を触っておいて、コーピングも何もないだろう」という気持ちになるのは当然のことで、理不尽だと思ったり、怒りがこみ上げてきたりするだろう。

ここまで説明してきたことは、本人にとってはこのようなプロセスが心理的、生理的に生じているという加害者側の「現象」の説明であった。

しかし、このプロセスにおいて最も問題であるのは、何の関係もない女性を平気で巻き込んでいるということであり、そこには彼らの女性や性に対する「認知のゆがみ」や価値観が大きく関連している。

つまり、女性の人格を無視して、自己本位な目的のために利用するという「非人格化」をしているのであり、それは前章でも述べた女性の性的自由や自己決定権を一顧だにしない心理の表れである。この意味において、これらの行動は反社会的であり、犯罪的なのである。

性的問題行動の治療にあたっては、ここで述べたような「現象」や問題性をよく理解したうえで、それらを修正すべく治療のターゲットにすることが重要となる。

専門家による批判

「痴漢は病気」という視点に対しては、医療や法律の専門家のなかにも反対や偏見が多い。

実は、医療の専門家のほとんどは、痴漢をはじめとする性的問題が医療の問題であるとは、いまだに考えていない。そのせいでほとんどの日本の医療従事者には、性的依存症の診断や治療に関する知識がない。われわれが痴漢を治療すべきだと主張するうえで最大の障害は、今のところ社会のなかに治療資源がほとんど皆無であるということである。この日本には現在、痴漢を治療できる病院が片手ですら指が余るほどしかないのでは、どうにもならない。

したがって、残念ながら現状では、痴漢や性犯罪に悩む人が治療を求めてどこかの病院の門を叩いても、門前払いをされるのが関の山だろう。実際、さまざまな学会でわれわれの取り組みを紹介すると、決まって「そんな犯罪者を病院で受け入れることなどできない」という反発がある。

依存症全般について、このような「アレルギー」は大きいが、特に性的依存症の場合、それがきわだっている。依存症の専門家ですら、性的依存症の治療となると尻込みをしたり、「キワモノ」扱いしたりする。

病気や犯罪に序列があるわけではないが、たとえば依存症者のなかでも、性的依存症者は「一番下」に見られると多くの患者さんが語っている。また、刑務所のなかでも、性犯罪者は「ヒエラルキー」が一番低く、いじめの対象となりやすい。

痴漢をした本人が変わらなければいけないのはもちろんだが、それは専門家も同じである。まずは専門家側が感情的な反発や「アレルギー」をひとまず抑えて、冷静に治療のエビデンスを理解することによって、変わっていく必要がある。

(第3回目に続く)

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