【資産総額5億円】父の急死…50代長男、四十九日を待たずに退職&FIRE宣言も、姉がひそかに遂行した計画に撃沈

(※写真はイメージです/PIXTA)

資産家の父が急死したことで、相続が発生。「家を出た身だから」と遠慮していた姉も、弟の横暴な振る舞いに立腹して方向転換。母親を守るために策を練りますが…。相続実務士である曽根惠子氏(株式会社夢相続代表取締役)が、事例をもとに解説します。

資産家の父、遺言書を残さぬまま急死

今回の相談者は、50代の田中さんです。数ヵ月前に亡くなった父親の相続の件で悩んでいると、筆者のもとを訪れました。

田中さんの父親は地主で、生前から5億円にのぼる不動産を所有しており、アパート経営や貸店舗、駐車場などを経営して収入を得てきました。

田中さんの父親の相続人は、配偶者である70代の母親、長女の田中さん、長男の50代の弟の3人です。実は田中さんは、父親と亡くなった先妻との間の子どもで、いまの母親とは血がつながっていません。弟とは腹違いのきょうだいです。

「これまで不動産関連は、父親がひとりで管理していましたが、年齢が高くなってからは〈数字を見るのがしんどくなった〉といって、弟にも手伝わせるようになりました」

田中さんは20代で結婚して横浜市の実家を離れ、いまは埼玉県で暮らしています。

「父が出先で倒れ、急死してしまい、慌ただしく葬儀を行いました。その後、いろいろを調べたのですが、父は遺言書を残していなくて…」

田中さんは、嫁いだ身であり、弟が実家を相続し、不動産も多く承継することに異論はなかったのですが、弟が提案した遺産分割について不満があり、いまは協議が止まっているといいます。

「資産内容について詳しい説明もなく、〈跡継ぎはオレ〉〈すべてを相続するのはオレ〉〈姉さんには総額の5%をあげるから〉との一点張りで…」

相続についての「2つの懸念事項」

田中さんのいちばんの懸念事項は、自分の相続分ではなく、高齢の母親のことでした。血はつながっていないものの、小さいときから大切に育ててもらい、実の母親と同じように慕っているとのことです。母親は弟に遠慮があるのか、相続については何も言葉を挟まないといいます。

もうひとつが、資産の全容が掴めないということでした。

「私は実家を離れてから30年近くなり、父親が所有している不動産をすべて把握しているわけではありません。弟に聞いても〈税理士の先生に聞いてくれ〉というばかりで、直接問い合わせても〈わかりました〉〈準備しています〉といわれるだけで何も送られてきません。それだけではなく、相続の手続きに詳しくないようで…」

田中さんからの依頼を受け、筆者の事務所もサポートに動くことになりました。

まずは、税理士に聞いても教えてもらえないという父親の不動産の全容について、名寄せ帳をもとにこちらで調査して事前に把握し、次回の面談に備えることになりました。

2回の話し合い、迫る申告期限が「よい方向」に作用して…

田中さんが弟に筆者の事務所による相続手続きのサポートを提案したところ、弟は、付き合いのある税理士に依頼するという態度を崩さず、拒否。一方で税理士のほうは、遺産分割協議についてはタッチせず、内容が決まったら計算する、というスタンスだったことから、筆者は遺産分割協議の部分をサポートをすることになりました。

打ち合わせの席で出された弟の主張は、事前に田中さんから聞いていた通りでした。弟は自分が遺産の大部分を相続するとして「母親には遺産なし、田中さんには遺産総額の5%」という分割案を提示しました。腹を立てた田中さんが「母親にも遺産を相続させるべき」と強く主張するなど、緊張感の高まる場面もありました。

筆者の提携先の税理士が配偶者の特例の活用のメリットについて説明し、現在提示されている遺産額をもとに数千万円もの節税が可能になるとの計算結果を提示したところ、弟は次第にトーンダウン。最初の話し合いは終了しました。

二度目の話し合いでは、母親と田中さんの相続分についてが課題となりました。こちらは最初の主張と同様「全財産の5%程度の現金」というのが弟の案です。

田中さんは、母親が遺産を相続できるのであれば、それ以外は弟が相続するかたちでいいとは思っていますが、父親が苦労して維持してきた土地は残してもらいたいとの思いがありました。

「遺産で食べていく気満々で、父の四十九日を待たずに勤め先を退職し〈FIREする〉といい放った弟が信じられません…」

田中さんの話から「それなら、法定割合相当を現金と土地で要求しましょう」と、方向転換することにしました。

田中さんは、実家最寄り駅近くの貸駐車場になっている角地の土地を選択し、ここを相続したいと交渉しました。話し合いは難航しましたが、結局弟が折れることになり、現金と合わせて法定割合となる遺産を相続することになりました。

相続税の申告を担当する税理士からは、納税までの期日が迫っており、もし遺産分割協議が申告期限に間に合わないと、未分割の法定割合となることから、法定相続分で申告を勧められ、弟も納得したようだと、あとから田中さんが話してくれました。

「納得できない書類には押しません」父にもらった実印を握り締め…

今回、きょうだいの双方が相手を信頼できないことから、遺産分割は難航しました。しかし、時間がないことが幸いし、「争わない」という決断となりました。

「私がまだ独身だったころ、父は〈名字が変わっても使えるように〉と、私の名前で実印を作ってくれました。私にはとても思い入れのあるもので、納得いかない書類には絶対押さないと決めていたのです。ましてや、今回は父の遺産相続の書類です。よい結果になったのは、父が私と母を守ってくれたからかもしれません」

「弟には、父の後継ぎとして、自覚を持ってほしいと思います。誰のおかげでいまの生活があるのか、しっかりと理解してほしい…」

田中さんはそういうと、深々と頭を下げて事務所を後にされました。

この先、同じ両親のもとに育ったきょうだいとして、わだかまりがなくなることを祈るのみです。

※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。

曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士

◆相続対策専門士とは?◆

公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。

「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。

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