名作『ゼビウス』の「謎」は今も存在!? 伝説の「1000万点プレイヤー」が全16エリアに再挑戦

『ゼビウス』(ナムコ)  XEVIOUS(tm) & (C)Bandai Namco Entertainment Inc.

2024年5月18日、ナムコ(現バンダイナムコエンターテインメント)の歴史的シューティングゲーム『ゼビウス』全16エリアの制覇を、“伝説のプレイヤー”が実演するステージが東京で開催されました。

1980年代にゲーム界に革命を起こしたタイトル『ゼビウス』――。1983年(※1)にゲームセンターに登場すると、爆発的な人気を獲得。ファミコンをはじめ、現在までさまざまなゲーム機に移植され続け、ニンテンドースイッチ(※2)でも遊ぶことができる「名作」です。
(※1:発表は1982年 ※2:ハムスター『アーケードアーカイブス』でアーケード版、『ナムコットコレクション』のDLCや『Nintendo Switch Online』でファミコン版がプレイ可能)

『ゼビウス』が伝説として語り継がれる理由は枚挙に暇がありませんが、ひとつは美しいビジュアルでしょう。SFのようでも、古代ミステリーのようでもあるカラフルな風景の映像と、立体的でメカニカルなキャラクターは、黒い背景に粗いドット絵が当たり前だった時代に衝撃的だったのはもちろん、今でもハッとさせられます。

また、そのグラフィックも相まって、“謎めいた世界観”をプレイヤーに感じさせるところも大きな要因でしょう。当時はストーリー性が感じられるゲームが珍しかったのです。特定の箇所を撃つと出現する「隠れキャラクター」が仕込まれているところにも、ミステリアスな印象を受けると同時に、プレイヤー間でウワサが広がり、「ゼビウスの謎」が深まることにもつながりました。

■伝説の「1000万点プレイヤー」が登場!

さて、2024年の今、そんな『ゼビウス』の実演が行われたのは、『ALL ABOUTマイコンBASICマガジンIII』というイベントの一幕でのこと。

「うる星あんずが全16エリアを実演! ゼビウス大解析~1000万点を目指して」と題されたこのステージは、まだゲーム専門誌が一般的でなかった時代にいち早くゲーム情報を扱い、2003年に休刊となった電波新聞社のホビーパソコン誌『月刊マイコンBASICマガジン』の回顧イベントのプログラムのひとつとして行われました。

ステージ名にある「ゼビウス大解析」とは、1983年12月号から3号連続で、『月刊マイコンBASICマガジン』(通称“ベーマガ”)の別冊付録で連載された攻略記事のタイトル。そして「うる星あんず」さんこそ、その「ゼビウス大解析」の執筆者であり、伝説の“ゼビウス1000万点プレイヤー”なのです。本名は大堀康祐さん。現在はゲーム会社の代表取締役ですが、当時はまだ高校生でした。

どうして大堀さんが「伝説のプレイヤー」なのか。『ゼビウス』は999万9990点が最高得点です。前人未到のその高みへ、誰よりも早く到達したプレイヤーが大堀さんでした。そして、大堀さんと、中金直彦さん(世界で初めて全16エリアを突破したプレイヤー)のふたりが攻略法を記した同人誌『ゼビウス 1000万点への解法』を出したことで、全国的なハイスコア競争が激化。当時のゲーム好きはみんな、1000万点を目指すようになったのです。

■ソル、ジェミニ誘導、バキュラ……振り返る“謎”の数々

ステージでは、大堀さんがアーケードの筐体で『ゼビウス』に挑戦。その様子を、やはりゲーム専門誌が一般的でなかった時代から活躍していた、『ベーマガ』の名物ゲームライター陣(響あきらさん、見城こうじさん、手塚一郎さん)が解説していました。

大堀さんはスタート直後、画面の右端にブラスター(対地上用攻撃)を撃ち込んで“隠しメッセージ”を出現させます。

すると、「これは“イースターエッグ(※3)”であり、不正コピー対策」との解説がありました。昭和の日本を振り返る番組などでよく取り上げられる“インベーダーブーム”の時代から、ゲームセンターでは人気タイトルのコピー品が出回ったんですよね。そこで『ゼビウス』には、コピーと判定すると、正規品とは異なる隠しメッセージを表示するプログラムが仕込まれていたのです。当時は『ゼビウス』のコピーも出回っていたんですよね。(※3:キリスト教の復活祭であちこちに隠された卵を見つける遊びに例えられた隠し要素)

実演では、一見何もないところにブラスターを撃ち込み、にょきにょきと生えてくる「ソル」などの隠れキャラも次々と出現させていました。「ソルは全部で45本」と解説が入りましたが、当時はどこにあるのか、何本あるのか、いろいろと情報が飛び交ったものです。そうそう、クルクル回転しながら迫ってくる板のような「バキュラ」は破壊不能なのですが、「ザッパー(対空用攻撃)を256発当てると破壊できる」という、当時の有名なウワサ話も紹介されていました。

また、解説では「ジェミニ誘導(※4)」「1万点(のグロブダー/※5)」という言葉も飛び出しました。これらは高得点を稼ぐためのマル秘テクニック的なもの。インターネットも携帯電話もSNSもない時代でしたが、攻略情報からウワサまで、プレイヤーの間でいろんな情報が共有されていたんですよね。
(※4:「ガルザカート」の中から放出される誘導弾をうまく導き、これにザッパーを当ててスコアを稼ぐ技。※5:「グロブダー」はそれぞれ点数が異なるが、2台だけ1万点のものが存在する)

さらに「ゼビウス総攻撃」(※6)という、数年前に発見されたバグ(?)にも言及がありました。「プレイするたびに謎が深まる」というのが『ゼビウス』のキャッチコピーでしたが、登場から40年近くを経て、まだ謎が残っていたなんて!
(※6:エリア12で大量の敵機が一気に襲い掛かるようになる状態)

かくして、大堀さんはエリア16を無事突破し、チャレンジは成功。ただ、「残機が9機以上になると、再出撃のときの残機表示が数字じゃなくなるネタを披露したかったんだけど、全然残機が増えなくて(笑)」と思いのほか苦戦したことを明かしました。

それを受け、『ベーマガ』の看板ライターで今回のイベントの総合司会を務めた山下章さんは、「『ゼビウス』は敵の出現パターンによって難しさが大きく変わる。今回は運が悪いほうだった」と説明。そう、『ゼビウス』には、プレイの内容を判定して、敵の出現パターンが変わる仕組みが導入されていたんです。最後まで“知る人ぞ知る”トピックが満載のステージでした。

■『ゼビウス』が及ぼした大きな影響

「ゼビウス大解析」が連載された『ベーマガ』は、もともとパソコン用ゲームプログラムの掲載や、プログラミング講座を柱とした、教育色が強い雑誌でした。編集部のあった電波新聞社出版部にはソフトウェア部門もあり、パソコン用『ゼビウス』制作の企画が出たものの、誰も全エリアを見たことがなかったそう。そこで模範演技のために、『ベーマガ』大橋編集長が、『ゼビウス』生みの親であるナムコの遠藤雅伸さんからの紹介で、大堀さんをスカウトしたのだとか。

ちなみに、遠藤さんが大堀さんを知っていたのは、大堀さんが同人誌『ゼビウス 1000万点への解法』を作る際、ナムコに電話したのがきっかけでした。当時、『インベーダーゲーム』のコピーに対する訴訟で、ゲームの映像に権利が認められたことを知り、大堀さんは『ゼビウス』の許可を取ろうとしたそうです。そして、「対応してくださったナムコ古川係長から“ファンの子どもが作る本を訴えたりしない”との許可をいただいたのと合わせて、ご厚意で開発の方を紹介いただきました」(大堀さん)のだとか。その行動力にはビックリですよね。

ともあれ、それを発端に「ゼビウス大解析」の連載が決まり、『ベーマガ』はゲームの紹介・攻略記事が充実。その後、ゲームライターが次々とデビューすることになります。イベントで大堀さんはこの縁を「(当時の『ベーマガ』や大橋編集長が)ゲームプログラムを学ぶひとだけでなく、ゲームで遊ぶひとにもフォーカスしてくれた」「それが僕らの仕事や、eスポーツにもつながって、現在がある」と表現しました。その縁結び役が『ゼビウス』だったワケです。

作品自体がすばらしかった『ゼビウス』ですが、プレイヤーの未来やゲームカルチャーなど、周辺に与えた影響もまた、スゴかったのです。

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