アーティスティックスイミングは「ルール変更」で勢力図が激変! 全出場国がメダル射程圏内の“怖さ”【パリ五輪メダル有力競技 ココが見どころ】

演技する日本(2024年W杯パリ大会チームAR)/(C)共同通信社

【パリ五輪メダル有力競技 ココが見どころ】

1984年から五輪競技入りしているシンクロナイズドスイミング改め、アーティスティックスイミング(AS)。日本勢はこれまで計14個のメダルを獲得していて、パリの大舞台での活躍に期待がかかる。

種目は「チーム」と「デュエット」の2つ。チームは、テクニカルルーティン(TR)、フリールーティン(FR)、アクロバティックルーティン(AR)、デュエットはTRとFRを演じ、それぞれの合計点で順位が決まる。ちなみに、ARは今大会から採用される新項目だ。

観戦する上で念頭に置くべきは、後述する2023年から本格化した採点ルールの変更だろう。取り巻く環境が大きく変わる中、日本勢にメダルの可能性はあるのか。注目ポイントはどこなのか。3人の五輪メダリストに話を聞いた。今回はその【前編】。

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AS界に激震が走ったといわれる採点ルールの変更。これまでは、例えばFRなら難易度、完遂度、芸術性の3つの観点から100点満点で採点されていた。これを一新、完遂度(各技ごとの難度点×各技ごとの出来栄え)+芸術点の合計となり、得点の上限は青天井に。技を重ねれば重ねるほど、各技の難度を上げれば上げるほど、より多くの得点を狙えるようになった。武田美保氏が新ルールについて詳しく説明する。

「事前に演技予定表を提出し、審判はそれを基準に演技をチェックします。各技に細かくポイントが振り分けられているので、各国はなるべく見込み得点の高い構成で挑むわけですが……。申請した通りに正しく技が成功すれば加点されるものの、テクニカルコントローラー(審判)から“ココが申請通りに実施できていない”と判断されると、その一連の動作に『ベースマーク』(最低点)が付けられてしまうことも。そうなれば見込み得点から20~30点を失うことになり、一気にメダル圏内から脱落する可能性があります。つまり、“確実に演じられる限界値”を追求した構成を練り、本番ではそれを寸分たがわず実演しなくてはいけません。非常にゲーム性が高くなったのです」

これにより、いったい何が起こるのか。三井梨紗子氏が言う。

「簡潔に言うと、“どこの国も平等にメダルが狙えるようになった”ということです。従来は前年や同年の成績が五輪の順位に少なからず影響してしまうと感じていました。おそらく全ての競技関係者の共通認識だったはずです。それが一転、今大会からは本番の演技のみで判断されます。これまで絶対的なポジションにいた中国でさえ、ひとつのミスで表彰台に立てない可能性がある。現在の日本の実力そのものは世界で2~4番だとみていますが、ほんのわずかな油断もできません」

各国の序列がなくなったことで、情勢は大きく変化している。武田氏が話を引き取る。

「5月頭にパリで行われたプレ大会(W杯)が象徴的です。五輪参加チームがすべて揃っていたわけではありませんが、これまで目立った成績を出していなかったメキシコがチームのAR、英国はデュエットのTRで優勝しました。すべての国がパリ大会でメダルを取れる可能性がある。しかも、今大会から予選が撤廃されたから、本当に何が起こるか分からない。どのくらいの難易度で本番を迎えるべきか、各国で極限までの心理戦、試行錯誤が繰り広げられている状況なのです。本番まで3カ月を切った今もなお、デュエットのメンバーは固定されていないのもそのためです」

ぶっつけ本番での一発勝負――。そんな中、日本にとって好条件に働くことがある。チームのTR、FR、ARという演技の順番は追い風になりそうだ。

「日本が最も得意とするTRから始まるのは幸運と言えます。ここで勢いに乗れたら心に余裕ができる。そのままミスなくFRを終えたら高順位につけているはずです。最後のARは新曲でまだ試合の場で泳ぎ慣れていないので、TR・FRの良い波に乗ったままミスなく終われば、メダルは堅い。実力で上を行く中国が日本のTRの結果に焦ってミスをするようなら、史上初の金メダルが見えてきます。メダルの条件はとにかくミスをしないこと。デュエットにも同様のことが言えます」(三井氏)

AS界はまさに戦国時代。下克上も起こりうる。手に汗握る試合展開が予想される。(【後編】に続く)

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◆武田美保 1976年9月13日、京都府生まれ。96年アトランタ、2000年シドニー、04年アテネの3つのオリンピックのチームとデュエットで銀・銅合わせて5つのメダルを獲得。

◆三井梨紗子 1993年9月23日、東京都生まれ。2012年ロンドン大会から連続出場した16年リオデジャネイロ大会のチーム、デュエットで銅メダル獲得。

◆箱山愛香 1991年7月27日、長野県生まれ。2012年ロンドン大会から連続出場した16年リオ大会のチームで銅メダル獲得。

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