加害者治療の議論不足 再犯予防へ「継続的関わりを」 長崎県でも増える性犯罪

 開会中の国会で、子どもと接する仕事に就く人に性犯罪歴の有無を確認する「日本版DBS」創設法案の審議が進んでいる。長年、子どもの心の医療に携わる長崎大保健学科の今村明教授(精神科医)は、制度の必要性を理解した上で「(法案内容は)不十分」と指摘。実効性を高めるため、加害者への継続的な関わりについても合わせて議論すべきと訴える。
 日本版DBSは、行政に監督・認可などの権限がある学校や保育所などは確認を義務化、学習塾や放課後児童クラブなどの確認は任意の認定制度となる内容。
 法案では性犯罪歴の照会可能期間を刑終了から最長20年間としているが、今村教授は「(加害者に)継続的な支援・治療を行わなければ20年経過しても繰り返される。(性嗜好(しこう)の)傾向が全く変わらない人はたくさんいる」と忠告する。
 犯罪抑止に向け、国が2006年から刑務所と保護観察所で性犯罪者を対象にした再犯防止の処遇プログラム(22年より新プログラム)を導入した一方、保護観察終了後などの対応が課題となっている。
 今村教授が過去に担当した性犯罪者は事件後、長期間治療を継続し専門機関とのつながりを保ったことが再犯防止につながったと思われるケースも少なくなかったという。「支援や治療を継続して加害者の孤立を防ぎ、再犯を予防する。社会にとってそれが一番安全な道」と語り、性犯罪歴のある人に長期的な関わりが持てるような支援・医療機関の開設や人材育成などについての法整備も検討すべきとした。
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 長崎県でも検挙数が増えている性犯罪。家族間や学校、塾、部活動、習い事、交流サイト(SNS)など、あらゆる場面に危険が潜むが、表面化する被害は一部にとどまり、実態が明らかになっていない。今村教授に治療の現場から見えてくる性被害の現状と課題を聞いた。

◎「理解進まぬトラウマ症状」 今村明教授(長崎大保健学科)インタビュー

 長年、子どもの心の医療に携わる長崎大保健学科の今村明教授(精神科医)に性被害の現状と課題を聞いた。

長崎大の今村明教授

 -性被害は「魂の殺人」といわれる。
 米国精神医学会の診断基準で心的外傷後ストレス障害(PTSD)は「危うく死ぬ」などの状況で発症すると規定。事例として戦争や災害などが挙げられ、性的暴力もそこに入る。戦場と同じくらい危険な感覚、安全じゃない感覚に陥り、医学的にも性被害は死にひんする状況と同等以上の影響があるとされる。

 -性被害は表に出にくい実態がある。
 性被害のトラウマ(心的外傷)関連症状の一つに「回避」症状があり、出来事を思い出すことを意識的、無意識的に避けるため、被害について話せない状況になる。また「解離」症状では記憶の連続性が絶たれ、被害時のことが思い出せず、警察の取り調べで調書が作れないケースもある。被害者が「(相手は)自分をかわいがろうとしていただけ」「自分が誘ってしまった」など認知がゆがんでしまうことも多い。
 「過覚醒」症状もトラウマ関連症状の一つ。危険状態にずっといる感覚で過剰に警戒し、集中力がなくなる。一方でハイテンションになり一見すると傷ついてなく、平気に見えてしまうことも。そういうトラウマの症状があることを理解しなければいけない。

 -近年、芸能界などで被害から時間が経過して声を上げるケースが目立つ。
 回避症状で被害について話せる状態とならないため、被害を訴えるまでに長時間かかるケースが多い。時間がたてば整理されるわけでもない。誰かが声を上げるなど何かのきっかけで背中を押されることはある。
 回避症状と同時に相手を刺激しないことで自分の安全を得る。相手が上の立場であれば、被害後でもお礼の言葉を伝えてしまうケースは非常に多い。苦しい感覚はあるが嫌な気持ちに向き合えない。社会ではその症状について、まだまだ理解が進んでいない。

 -インターネットを通じた性被害が増えている。
 性暴力や性的虐待は安心安全の感覚を奪い、良好な人間関係を築くことが困難になる。居場所がなくなる中、ネット上の「優しい大人」と出会い、誤った関係に陥り、性的被害に遭うという悪循環に。性的関係が唯一のコミュニケーション手段となり、性的行為を褒められることに喜びを感じ、深みにはまってしまう。事案が発覚し、警察に保護された後も(加害者の)男性の元に戻りたいと訴えるケースもある。

 -児童買春の裁判では加害者側から「相手が誘ってきた」などの主張もある。
 仮に誘ってきた場合でもその一線を踏み越えたのは加害者。性的被害が子どもの心と体に大きな問題が生じることを大人側が理解しなければいけない。単に子どもの性非行と捉えるのではなく、幼少期の性的虐待により愛着形成ができていなかったり、(無自覚に被害と似た体験を繰り返す)「トラウマの再演」だったりする場合があり、背景を見てケアをしていくことが重要。
 一方、ネット上には無資格・無許可で相談支援や金銭的な援助をしている人がいて、引き込まれてしまう子どももいる。リアル社会で満たされず、ネット上に救いを求める子どもがいるということを社会が理解し、必要な人に必要な支援や治療をつなげていくことが大事だ。

 【略歴】いまむら・あきら 1992年から長崎大学病院で精神科医として勤務。2021年から同大保健学科教授、24年から同大子どもの心の医療・教育センター副センター長併任。児童相談所や家庭裁判所にも非常勤として勤務する。

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