『虎に翼』「はて?」が失われた寅子が心苦しい “一度逃げ出した自分”とどう向き合うのか

『虎に翼』(NHK総合)第48話で、神保(木場勝己)は民法が改正されれば多くの人が混乱すると語る。突然神保から話を振られた寅子(伊藤沙莉)だったが、強く意見が言えない。

寅子が感じたことは、すべて寅子の正直な気持ちだ。神保とのやりとりの最中に繰り返し感じた「スンッ」も、涙を流す花江(森田望智)の姿が思い浮かんで心苦しくなったのも、穂高(小林薫)との再会にどこか苦々しい顔を見せてしまったのも、婦人代議士の立花(伊勢志摩)らの集まりに参加し、彼女たちに尊敬の念を抱きながら、自分より長い間戦い続けてきた彼女たちと“一度逃げ出した自分”とを比べてしまうのも、全部寅子の素直な心情だ。

第48話で寅子演じる伊藤の表情に共感を覚えた視聴者は少なくないだろう。

神保の言葉が腑に落ちないことは、伊藤の戸惑うような表情から理解できる。一方で、伊藤の佇まいからは、寅子が自分に「何で、すぐ、スンッてなるんだ」と思いながらも、真っ向から神保に反論できずに「スンッ」となってしまうことへの困惑も分かる。寅子から彼女らしい感性である「はて?」という気持ちが失われたわけではない。これまでの物語を通じて分かる通り、寅子が神保の言葉に「はて?」とならないわけがないのだ。しかし、物語の後半で語り部(尾野真千子)によって寅子が自分のことを“一度逃げ出した”と考えていることが改めて分かると、寅子がなかなか声をあげられないのも分かる。

劇中、GHQで働くホーナー(ブレイク・クロフォード)が寅子にチョコレートを手渡す。寅子はホーナーが他意なくいたわりの心を持って自分と接していることを察しているが、ある晩花江が言った「直道さんの仇の国の人とトラちゃんが仕事して、仲よくして」という本音を思い出すと複雑な心境になる。さりげないワンシーンだが、象徴的な対比である戦い続けてきた女性たちと“一度逃げ出した自分”のように、寅子はあらゆるものの板挟みに陥っているのだ。

第48話では、寅子の心境を物語る伊藤の演技だけでなく、神保や桂場(松山ケンイチ)、久藤(沢村一樹)や小橋(名村辰)の存在が、寅子が置かれている立場を際立たせていたのも印象的だった。特に、立花らの集まりに参加した寅子に対して久藤が言った言葉は寅子の核心をつく。人当たりがよくフレンドリーな久藤は物言いこそ穏やかだが、寅子の心を揺さぶる。

「どうして、そんなにひと事なの?」
「君だって彼女たちと同じ、今、社会を変える立場にいるじゃない」

物語の終盤、思い悩む寅子は、優三(仲野太賀)の姿を見る。優三は「僕の大好きな、あの何かに無我夢中になってる時のトラちゃんの顔をして、何かを頑張ってくれること」と優しく微笑むが、続く桂場、小橋、久藤の言葉が寅子を現実に引き戻す。

「君もそういう薄っぺらいことを言うのだなと」
「前のお前なら、すぐ『はて? はて?』ってかみついて理想論を振りかざしてただろ」
「君は本当に謙虚だね」

自分はどう行動すればよいのか。どうしていくのが正しいのか。行き詰まる寅子の心を乱すもう1つの出来事が起きた。花岡(岩田剛典)との再会だ。司法省で働くということは大勢の知り合いと顔を合わすということ。思わぬところで再会を果たした寅子と花岡はどんな言葉を交わすのだろうか。
(文=片山香帆)

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