「3年間ずっとあった」劇的残留も退団決断の浅野拓磨。ボーフムで感じた葛藤「人のせいとか、ボールを受けないとか...」【現地発コラム】

筋書きがない物語というのはサッカーの歴史にいくつもあるが、今回ボーフムが成し得た逆転劇はその一つに間違いなく数えられるものがある。

今季のブンデスリーガを16位で終えた浅野拓磨所属のボーフムは、2部3位で日本代表MF田中碧、アペルカンプ真大、内野貴史がプレーするデュッセルドルフと入れ替え戦で対戦し、最終的にPK戦を制して1部残留を果たしている。

だが、その道のりは険しく、光のかけらを見出すことができないくらいのところまで追い込まれていた。昨シーズンは最後に粘りを発揮して残留に成功したボーフム。残留争いにおける経験値は積み重なっているとはいえ、今季は終盤2連敗でリーグを終え、入れ替え戦では、大事なファーストレグをホームで戦いながら、0-3で落とした。

ドイツ紙の中にはセカンドレグの前に「降格の要因」という内容の記事をアップしていたところもある。浮き沈みが多く、様々なターニングポイントを乗り越えられなかった精神的ストレスが選手を疲弊され、もはやモチベーションを高めることができないところまで来てしまった、という論調だ。

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いわんとすることもわかる。大事な入れ替え戦を前に、ボーフムはそれまでレギュラーGKだったマヌエル・リーマンをメンバーから外すという荒療治に出ていた。守備におけるミスからの失点があまりにも多かっただけに、GKとして我慢できできないところもあったのだろう。だがそうして口にしていた不満が、チームの雰囲気を壊していたというのが首脳陣の見方だ。

これをきっかけにチームとしてまとまって入れ替え戦を乗り切ろうというのは大きな博打と多くの人が思った。そして初戦を落としたことで、この賭けに敗れたのだと解釈されたのだ。

だが、ボーフムは沈まなかった。ケビン・シュロッターベックは「まだ可能性はあると思っている。ボーフムが崩れ落ちることなどないんだ」と第1レグ後に言葉に力を込め、浅野は「早い時間帯に1点を返せば可能性はあると思っていた」とセカンドレグ後に明かしている。

その言葉通り、ボーフムは勇敢に立ち向かった。やけくそになったわけでも、やぶれかぶれになったわけでもない。可能性を引き寄せるために、自分たちにできることに最大限の力をかけて立ち向かったのだ。そこには一片の迷いも気負いもない。

浅野は試合後にこう述懐している。

「何かを失ってしまう状況というのは、やっぱり消極的になりがちです。みんなが動かなくなったり、ボールを受けたがらなくなったり、失点に絡んでしまったら人のせいにしてしまったりとか、ボールを失うの嫌だから受けなかったりとか。ボーフムに3年いますけど、そういう状況がずっと3年間あったかな。僕自身もそう。やっぱり点を取れなければない取れないほどチームに責任は感じます」

「でも失うものがなくなればなくなるほど、全員もやるしかないっていうメンタルになるのは人間当たり前だと思う。そういう気持ちを持ってプレーできれば全員が動いて、全員がボールを受けて、全員が自信持ってプレーするっていうチームになれると思うんです。そこはこの3年また感じた経験かなと。とにかくやるしかないという気持ちでプレーできる。そのメンタルを常に持って、自分のものにするのは難しいですけど、このチームで学んでることかなとは思います」

スポーツは心理面の影響がとても大きい。心理的優位を保つことができると思い通りのプレーができたりするし、圧倒されるとまるで身体が動かなくなったりしてしまう。
まさにボーフムはデュッセルドルフを心理的に凌駕した。効果的な仕掛けの数々で、入れ替え戦のMVP級の活躍を見せたケビン・シュテーガーは「今日は全員がヒーローだ」とチームとしての成果を喜び、シュロッターベックは「批判的なコメントをしていたみなさんにご挨拶したいね」と軽快に笑った。

印象的だったのは残留を決める喜びの輪の中でFWフィリップ・ホフマンと、MFマキシリミリアン・ビテックの二人がリーマンのGKユニフォームを着ていたことだ。

ビテックは「彼もチームの一員だから。シーズンの間、素晴らしいGKだということを何度も示してくれた」とメッセージを送る。少し言い過ぎたかもしれない。ジェスチャーがネガティブに映ったのかもしれない。でもチームメイトはリーマンのことを《大事な仲間》だと受け止めていたし、だからこそ彼のためにも、と戦っていたのだろう。

キャプテンのロシッラは夢見心地で言並べた。

「これこそがボーフムだよ。まさに自分たちがプランしたとおりに試合が進んだ。この日まで毎日、どうやったら成し遂げられるかを考えて、夢にまで見ていた。この瞬間をただ味わいたい」

劇的残留を果たしたものの、浅野がボーフムを離れることになった。様々な葛藤を感じたこの3年間を新天地でどう生かすか。

取材・文●中野吉之伴

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