『虎に翼』“地獄”に戻ってきた理由を再確認する寅子 花岡の死が問いかける“法とは何か”

『虎に翼』(NHK総合)が「裁判官編」になってようやく寅子(伊藤沙莉)の「はて?」が飛び出した。その疑問、怒りを引き出したのは、またしても穂高(小林薫)。まるで寅子の人生が「不幸」であるかのように、穂高は裁判官の道へと誘ったことを詫び、家庭教師の仕事を紹介しようとする。

記念すべき第50話にて、「はて?」の続きが穂高へと炸裂することになるが、寅子が主張したのは「好きでここにいる」ということだ。久藤(沢村一樹)から「謙虚」と言われるほどに、民法調査室での法改正の仕事に就いてからはかつての威勢を失っていた。「不幸」だと言われ感情が高ぶるのは、それまでの自分、今の自分を否定されたことになるからだ。興奮しながらも、寅子は好きで裁判官への地獄の道に舞い戻ってきたのだと自身の言葉に納得する。自問自答では辿り着けない、人と話すことで自分の考えが整理できることがある、まさにその状態だ。

「はて?」の言葉にぴくりと反応していた桂場(松山ケンイチ)は、困惑する穂高に「ある意味背中を押してやれたんじゃないですかね」と言葉をかけ笑みを見せる。しかし、女性の平等社会のために神保(木場勝己)と真っ向から戦っていた穂高が、寅子を女だからと排除しようとするその言動がどうも気にかかる。

以前も寅子が妊娠を打ち明け、婦人弁護士がもう自分しかいない現状を話した時、穂高は「それは仕事なんかしている場合じゃないだろう」と返し、寅子の「はて?」から口論となっていた。穂高の言動は決して肯定できるものではないが、ある種自分の正義を曲げてまでも寅子を裁判官の道に導いてきたとも捉えることはできる。それはかつて仮病を使って梅子(平岩紙)の夫・徹男(飯田基祐)を授業に登壇させたり、課外活動として女子部全員で裁判を傍聴しに行くなど、どこか飄々として腹の底が読めないところがあるからだ。全ては計算尽くという見方は、寅子に「ご婦人は裁判官にはなれなかったね」と言い放った桂場にも言えるだろう。

自分の言葉で目が覚めた寅子は民法改正審議会の場で、保守的な考えの神保に対して自分の意見を述べる。さらに、民放の条文を口語体で記載するアイデアは、はる(石田ゆり子)の「カタカナばかりで読みにくい」という意見を取り入れたもの。かつての自分を取り戻した寅子は、民放の一部を改正する法律案を国民にとってより身近なものへと広める一助を担った。

夜遅く、久藤から差し出されたバーボンよりもイチゴジャムの乗ったクラッカーに目がない甘党男子の桂場が愛らしいが、筆者はいまだに優三(仲野太賀)の顔を見ただけで涙腺が緩んでしまう。穂高の言葉に憤りを隠せない寅子。そこに「トラちゃん、落ち着いて。深呼吸」とかつての優三が寅子の気を沈ませ、寅子は新憲法をつぶやくことで、もう一度前を向く。朝ドラでは夫が亡くなった後もヒロインの目の前に現れるという、言わばファンタジー的な演出の作品が稀にあるが、この優三の登場の仕方は寅子の中に優三は生きているということを強く印象付ける。私が私であるために、寅子が道に迷った時、また優三は優しく微笑んでくれるだろう。

優三が座っていたベンチの逆サイド、そこは花岡(岩田剛典)が腰掛けていた場所だ。東京地裁に戻り、食糧管理法違反の事案を担当する花岡。静まり返る民法調査室で、寅子は小橋(名村辰)から花岡が亡くなったことを聞かされる。次週予告では、花岡が餓死したことが新聞で報じられているワンカットが確認できる。「どうなりたいかは自分が選ぶしかない、本当の自分を忘れないうちに」「なりたい自分に反する」と闇市の食糧に手を出さずに、やつれていた花岡は、“なりたい自分”を守ってまでも死ななければいけなかったのか、そして法とはなにかが問われる展開となりそうだ。
(文=リアルサウンド編集部)

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