「犬の世話ならしないから」転勤で地方に飛ばされた“半モラ夫”が「妻に隠していたこと」

<前編のあらすじ>

専業主婦の里歩(36歳)は三年前、夫の陽太郎(38歳)の転勤で都内のマンションから遠く離れた地方へと引っ越してきた。生まれてからずっと暮らしていた東京を離れるのは寂しかったし不安もあった。

最初は田舎住まいだったが、ようやく県内の都市部へと引っ越すことが叶ったので、里歩は保護犬を引き取って飼い始める。生まれて初めて動物を飼うことに戸惑いながらも、夫婦2人で世話をしていると自分たちの子供ような気がするはずだと思っていた。

しかし陽太郎は犬の世話をしない。里歩が一緒に世話をしようと言うと、陽太郎は眉をひそめ「俺は疲れて帰ってきてんだよ。なんでお前のために引っ越して、お前のために犬まで飼ったのに、俺が家で世話しなきゃなんねえんだよ」と言われてしまい、里歩はショックを受け、売り言葉に買い言葉で喧嘩になってしまう……。

●前編:「俺の稼ぎで暮らしてるくせに…」地方転勤で孤独に耐える専業主婦妻に夫が放った「衝撃の一言」

いいように使われているだけ?

「うん、それで、けんかしちゃって……」

里歩はけんかの翌日、東京にいる友人の遙香に電話で愚痴を聞いてもらっていた。

「でもまあ、3年も見知らぬ土地で生活するなんて、ストレスたまるよね」

「でしょ? 陽太郎はずっと働いているから分かんないかもしれないけど、見知らぬ土地で1人ぼっちにされるってホントに大変なんだから」

「そうね~。分かる分かる。でも、まあ、里歩が大人になって話しかけてあげたらいいんじゃない? 取りあえず話し合ってみなって」

「……うん、そうよね。やってみる」

遙香と電話で話しているときだけ、心が安らぐ。

「前はさ、遙香とカフェでずっと話していたのにね」

「ね、全然会えてないもんね」

遙香とは東京を離れてから1度も会えていない。遙香に新しく子供ができたというのもあるけれど、そもそも気軽に会いに行けるような距離ではない。

「いつになったら、陽太郎さんは東京に栄転してくれるのかしらね~」

「ほんとだよ。そんな出世をさせるつもりなら、3年も地方に置いておく意味なんてないよ」

「ないない。陽太郎さん、会社にいいように使われてるだけなんじゃない?」

遙香の軽口に里歩はなんて返していいか分からなかった。ほんの少しだけ、里歩も同じような疑惑を会社に持っていたからだ。

犬の世話ならしないから

あの日から一緒に夕食を取っているとき、2人はずっと無言を貫いていたが、遙香の後押しもあって里歩は意を決して口を開いた。

「あのさ、ちょっと話したいんだけど」

「……犬の世話ならしないから」

むすっとした返しにいら立ちを覚える。それでも、私が大人にならないと――と里歩は気持ちを落ち着かせる。

「ココアのことはもう平気。そうじゃなくて、最近ずっとそんな調子でしょ。家に帰ってきても何かずっと怒ってない? 何が不満なの? 引っ越したこと?」

「いろいろだよ。そんなの言い出したら、キリがない」

陽太郎は食事も途中なのに箸を置き、席を立とうとする。

「ちょっと待ってよ。ここに引っ越したのだって、私なりに考えがあって……」

「うん、ならいいじゃん。はい、話は終わりね」

「だって、もう何年もあんなところで生活は考えられなくて。やっぱり私、都内の生活に慣れてたからさ」

「じゃあ何? 今度は都内に引っ越す? 俺は都内から満員電車に乗って何時間もかけて通勤をしろって言うの?」

「いや、違うよ。そうじゃないけど…。でもいつになったら、都内に戻れるか分からなくて……」

「じゃあ、お前だけ都内に家を借りろよ。それでいいじゃん」

それだけ吐き捨てて陽太郎は寝室にこもってしまった。単身赴任と別居は大きく違う。このまま本当に離れ離れになってしまうのかもしれない。里歩は胸を踏みつぶされるような息苦しさを感じて背中を丸めた。

地方に飛ばされた「本当の理由」

それからも仲直りのきっかけはつかめなかった。家にいても息が詰まると、次第に陽太郎は家にも寄りつかなくなり、里歩が1人で食事をすることが多くなった。

これじゃ一緒に暮らしている意味がない。里歩は自分が味わっていた孤独にまだ先があると知って、打ちのめされていた。

思わず涙をこぼした里歩の足元に、ココアが寄り添ってくる。里歩は笑って、頭をなでる。

「ごめんごめん、不安にさせちゃったね」

ひとりぼっちの夕食を終え、皿を洗う。スマホでぼんやりとYoutubeを眺めているとインターホンのチャイムが鳴った。

「こんな時間にお帰りですか…」

ため息をつきインターホンのモニターを確認する。

するとそこには同僚らしき男に肩を借りて、うつむいている陽太郎が映っていた。

ドアを急いで開けると、陽太郎がフラフラと入ってきた。

「すいません、鍵がどこにあるのか分からなくて」

「いえいえ、ありがとうございます! ずいぶん酔っ払ってますね……」

「そうなんですよ。ちょっと先輩、かなり飲んじゃって」

妻を待たせて、自分だけ楽しむとはいい身分だ。わずかに陽太郎を見る視線が厳しくなった。

「これ、車の鍵です。代行を頼んでおいたので。ちゃんと駐車場に止められてますよ」

「ありがとうございます」

そのまま後輩が帰ろうとすると、陽太郎がいきなり大声を出した。

「ちくしょー! 何で、何で俺が……!」

余りの声に里歩は驚いて固まった。ここまで酩酊(めいてい)している姿は見たことがなかった。

「俺は、悪くねーだろ! 何で、俺が、こんなところで……」

すると後輩は里歩に申し訳なさそうな目を向ける。

「あの、あんまり先輩をしからないであげてください。いろいろとたまっているんで」

「……職場で何かあったんですか?」

「いえ、うちの職場ではストレスになるようなことはないと思います。ただ、うちに左遷されたことがやっぱり…」

「さ、左遷?」

「いや、うわさなんですけどね。先輩、本社勤務の時に後輩だった人のミスを尻拭いしたせいで、うちに飛ばされちゃったんだって。もちろん先輩が言ってたんじゃないですよ。うわさです、うわさ」

「……え?」

「だから、まぁ、あんまり怒らないであげてください」

それだけ言い残して、後輩は帰っていった。

「ウソでしょ……?」

その瞬間、里歩はいろいろなものが崩れ落ちるような感覚に陥った。

しかし酔いつぶれている陽太郎を見ると、怒りは不思議と湧いてこなかった。

里歩はしっかりと陽太郎を支えて、寝室まで連れて行った。

夫の真実の姿

翌朝は休みだったので、陽太郎はいつもより遅く起きてきた。

ダイニングテーブルに座る陽太郎に里歩は何食わぬ顔でコーヒーを出す。

「左遷だったんだってね」

陽太郎のカップを持つ手が固まった。

「そんなの、言ってくれれば良かったのに……」

「黙ってて悪かった」

寝癖まみれの頭で陽太郎はうつむいた。その姿はとても弱々しかった。これが今の陽太郎を克明に写しだした姿なのだと分かる。

この人はこの人で、戦っていたんだ。

「いいんじゃない? 部下のためにやったんでしょ。陽太郎は悪くない」

「でももう、よっぽど支社で結果を残さない限りは東京にも戻れないし……」

その言葉を聞いて、里歩は大きく伸びをした。

「ごめん」

伸びを終えて、一息ついた。

「いいの。それならそれで、考え方を変えるだけだから」

「でも、お前、ここでひとりぼっちだろ?」

「どうせすぐに戻るんだから、ここで友達を作っても意味ないかなって思ってただけ。作ろうと思えば、なんとかなるよ」

里歩はうつむく陽太郎を見つめた。

「ごめんね、あなたの気持ち、全然分かってあげられてなかった」

「いや、違うよ。俺が隠してたのがよくなかった。なのにずっとイライラしててさ、意味分かんないよな。里歩にも八つ当たりしちゃったし」

里歩は陽太郎の手を握った。

「それじゃ、今日から私たちの新生活が始まるってことにしよ。住めば都って言うんだし」

「……うん、そうだな。そうなるように頑張るよ」

陽太郎はゆっくりと顔を上げた。

「散歩でも行こうか。……みんなで」

陽太郎が立ち上がり、里歩もそれに続く。陽太郎が散歩についてきたことなんて今まで1度もなかったから、戸惑って首を振っているココアに思わず笑みがこぼれた。

いい天気だった。東京よりもいくらか広い空はどこまでも青く、宇宙まで見渡せそうなほどに澄んでいる。

春の終わりの――いいや、夏のはじめの力強くも穏やかな日差しが、2人と1匹を照らしていた。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

梅田 衛基/ライター/編集者

株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。 マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。

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