小説=流氓=薄倖移民の痛恨歌=矢嶋健介 著=152

「なるほど、能書きは不要だ。味で解る」
「お前、暑苦しい格好だ。そのシャツを脱げよ」
 ジュアレースも半裸になった。金色の毛が胸を覆っている。平均気温三十五度というこの地方では、半ズボン姿が自然だ。恰幅のいい中年男が、強い酒を酌み交わしている。脂ぎった体臭が入り混じって、野獣に近い匂いを放っていた。
「運のいい日だな、もう一杯もうらぜ」
「いいとも、自由にやってくれ」
 ジュアレースは自分のコップに酒を注ぎたし、いい酒だ、としきりに褒める。田守も飲み続けた。
「田守、お前には日系人らしいところが少ない」
「それが、どうだと言うんだ。お前の祖先だってポルトガルかスペイン系ではないのか」
「俺の婆さん筋には、原住民の血が濃く流れていると聞く」
「それなんだよ。件のドキュメンタリー作家の研究テーマであり、フィールド・ワークでもあるアンデス・インディオの東アジア人由来説が有力化しているそうだ。それも、太古の時代に極東から、太平洋の黒潮海流を筏で漂い、エクアドールの西海岸に漂着した海人たちの末裔である可能性がきわめて高いという。ヴァルディヴィァ沿岸から出土する新大陸最古の土器類および南米諸族間に遺る土語が、日本の縄文文化に由るという説も発表されているそうだ。
 とすれば、ジュアレースよ、お前のルーツも俺と同様に、幾分かは東洋系ということになる」
「実に興味深い説だな。では、改めて乾杯としよう」
 二人は互いの右掌を、音立てて合わせた。双方の身体が大きく揺れた。コップの酒がこぼれた。
「時に、俺たち商人でなくてよかったな。他人を騙したりはできないし」
「瞞したくも、その才能に欠けている」
「良く言えば、それこそ俺たちの持ち味なんだ。清貧に甘んずる……」
「そういう理論は、俺、よく解らねえ。それより、田守が発見したダイヤモンド鉱床は、一体、どの方角になるんだ」
「そいつは秘密だ。《鉱脈》の在り処が漏れると、企業の奴らが出しゃばって来るからな」
「水くさいぞ。俺たち、兄弟じゃないか。他言なぞはしないさ。それどころか、俺はお前のもとで、もうひと働きさせて貰う相談にやって来たのだ」
「そうか、よく解った。それなら場所の説明など後にして、とにかく、大いに飲もう。
 明日の朝、新しい鶴嘴と篩を調達して、ここへ来てくれ。そうしたら、いよいよ俺たちの再出発がはじまるのだ」

〈終わり〉

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