60代で「虫歯の人」が増える怖い理由…よだれは「多いほうがいい」【歯科医師が解説】

(※写真はイメージです/PIXTA)

60代になると虫歯になる人が増えます。虫歯によって歯が抜け、入れ歯にお世話になることも……。本記事では医療法人社団アスクラピア統括院長の永田浩司氏が、加齢とともに減少する唾液によってもたらされる口腔内への影響とその対策方法について解説します。

60代、唾液の減少によって起こるさまざまな弊害

60代で虫歯が増えるワケ

60代の患者さんのなかには、虫歯の治療をしたにもかかわらず、次の定期検診でもう新しい虫歯ができているという方がいます。このように年齢を重ねてから虫歯のリスクが高くなる原因の1つが、加齢によって唾液が減少することです。

実際、入れ歯などを使用している高齢者の方であっても、唾液量が多い方は口の中がきれいな傾向があります。一方、唾液量が少ない方は虫歯だけでなく、汚れの溜まり具合などに差があり、唾液の力を感じます。

唾液は主に耳下腺、顎下腺、舌下腺の3つの唾液腺から分泌され、その量は安静時に毎分0.3〜0.4ml、食事などの刺激時には毎分1〜2mlです。しかし、加齢によって唾液腺が萎縮することで分泌量は減少していきます。唾液腺の萎縮は自己免疫疾患のシェーグレーンシンドローム(SJS)、更年期障害の症状として起こることもあります。また、閉経後にも多く見られるため、特に60代の女性の患者さんは口の中が乾燥していることが非常に多いです。

歯周病、口臭のリスクも高まる

唾液には、自浄作用、緩衝作用、再石灰化作用、抗菌作用、湿潤作用、消化作用など6つもの働きがあります。このうち、虫歯の発生に影響するのが自浄作用、緩衝作用、再石灰化作用です。

自浄作用は口の中の食べカスなどを洗い流す作用で、虫歯だけでなく、歯周病、口臭の予防にも寄与しています。また、通常中性に保たれていた口腔内は食後、酸性に傾きます。中性のときはpH7だった酸性度がpH5より下回ると酸性になり、歯の表面からリンやカルシウムが溶け出し、虫歯になりやすい状態となります。このpHを中性に保ってくれるのが、唾液の緩衝作用です。

そして、歯の表面のエナメル質から、リンやカルシウムなどで構成される「ハイドロキシアパタイト」が溶け出すことを脱灰といいます。この状態は初期虫歯といって回復が見込める状態で、唾液に含まれるハイドロキシアパタイトが再び歯を修復することで脱灰から守ってくれます。これを唾液の再石灰化作用といいます。「ハイドロキシアパタイト」は歯磨き粉の成分としても知られていますが、唾液も同じ働きをするというわけです。

こうした唾液の自浄作用、緩衝作用、再石灰化作用によって虫歯から守られていたのが、唾液の減少によってその働きも弱まってしまうというわけです。虫歯だけでなく、自浄作用で守られていた歯周病や口臭のリスクも高まります。

嚥下にも大きな影響が…

唾液の減少による口腔内への影響は虫歯以外にもあります。唾液にはIgAなどの免疫物質や酵素が10種類以上含まれており、口から体内に入り込もうとする菌やウイルスから守ってくれます。これが唾液の抗菌作用です。口腔内の雑菌や外部から口の中に入ってくる病原菌を防いでくれるほか、たとえば生物を食べても簡単に菌に感染したりしないことも唾液の抗菌作用が影響しています。加齢によって唾液が減少するということは、それだけ病気にも感染しやすくなるこということです。

そして、唾液の減少は食べ物を食べることにも影響します。口の中に入った食べ物は歯や口輪筋、頬筋などを使って粉砕され、唾液と混ざって飲み込みやすい状態の食塊(しょっかい)が形成されます。これが咀嚼です。そこから咽頭、食道、胃へと送り込まれる、この一連の動きを嚥下といいます。

咀嚼の際、食べ物を噛みやすく、飲み込みやすくするのが唾液の湿潤作用です。しかし、唾液が減少すると、この食塊が適度な大きさにならないまま飲み込んでしまったり、むせやすくなったりします。すると食塊が誤って気管に入ってしまう誤嚥を起こすことがあり、それによって口腔内の細菌が肺に入ってしまったことで起こる誤嚥性肺炎のリスクも高くなります。

このほか、口腔内の粘膜を潤し、守ってくれるのも湿潤作用によるものです。唾液の減少によって口腔内の粘膜が乾いた状態になり、固いものなどを食べると口の中が傷ついてしまうこともあります。

「口は第一の消化器官」といわれるように、口の中で消化の第一段階が行われます。咀嚼に続いて、唾液に含まれるアミラーゼという消化酵素が食べ物に含まれるでんぷん質を糖に分解し、消化されやすい状態にします。これが唾液の消化作用です。唾液の減少によって、消化力も低下してしまうというわけです。

唾液の分泌量を増やすには?

加齢による唾液の減少を止めることは難しいですが、分泌量を増やす方法はあります。1つが唾液腺のマッサージで、誤嚥性肺炎予防のためなどに介護現場でもよく行われるものです。唾液が分泌される3つの唾液腺(耳下腺、顎下腺、舌下腺)をマッサージします。

【唾液腺マッサージのやり方】

耳下腺…3本の指をそれぞれ頬に当て、耳の下(上の奥歯あたり)をゆっくりまわす。

顎下腺…両手の親指を顎のエラの下の部分に当て、押す。

舌下腺…両手の親指を顎の下に押し当て、ぐっと押し上げる。

このマッサージを習慣にしましょう。筆者は「テレビを見ながらでもいいので、時間のあるときにやってください」と患者さんにはお伝えしています。大変シンプルな方法ですが、梅干しを思い浮かべるのも効果があります。キシリトールガムを噛んだりするのもいいでしょう。

また、唾液の分泌は自律神経の影響を受けやすく、ストレスが溜まるなどして交感神経優位になると、ネバネバした粘液性の唾液が増え、分泌量が減って口の中が乾いてしまいます。一方、リラックスしているときなどは副交感神経優位になり、サラサラとした漿液(しょうえき)性の唾液が増えて口の中も潤います。つまり唾液の分泌量を増やしてお口の環境をよくするためには、メンタルヘルスも大切だということです。

もし、唾液の分泌量に不安を感じているなら、「口腔機能低下症」の検査の1つとして唾液量を調べることができます。口腔機能低下症の検査については、2022年4月より保険治療の適用年齢が65歳以上から50歳以上に引き下げられました。

実は唾液の減少は入れ歯の安定にも影響します。入れ歯は唾液を介在して口腔内の粘膜に吸着しているため、唾液が減ると入れ歯治療のリスクも高まります。これはブリッジ、インプランドも同様です。こうした影響も考えて、口の中の渇きが気になったら早めに歯科を受診することをおすすめします。

永田 浩司
医療法人社団アスクラピア統括院長

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