『6秒間の軌跡』さまざまな境界線を超えた最終回 高橋一生の“3番目の憂鬱”を願って

あぁ、終わってしまった。この満足感と名残惜しさはやっぱり花火を見終わった後とよく似ている。『6秒間の軌跡~花火師・望月星太郎の2番目の憂鬱』(テレビ朝日系)最終話では、星太郎(高橋一生)の花火への愛が夜風に揺れながら舞い上がった。

初回の放送で、「花火を舐めるな! 俺は花火師だ!」と以前では考えられないような台詞が星太郎から飛び出したシーズン2。というのも、かつての星太郎は他力本願なところがあった。花火師である航(橋爪功)の息子として生まれ、特に反抗することもなく自身も花火師となった星太郎。周囲の顔色を伺い、流されるまま生きてきた彼は航の死後、妄想の父親を作り出してしまうほどに自分一人では心許なかった。

もっともそれは、多感な時期に母・理代子(原田美枝子)が好きな人を作って家を出て行ったことが原因であり、星太郎自身のせいではないのだが。けれど、その理代子とも再会して新たな関係性を築き、ひかり(本田翼)という辛辣だが的を射た言葉をくれる良き相棒(?)を得て、ようやく星太郎は航への依存を抜け出し、1人の人間として立った。そして、自分の花火を極めるという結論に行き着く。前述の台詞は、そんな星太郎の中で花火師としてのプライドが芽生えたからこそ出てきたもの。航が再び幽霊として現れたのも、もう自分がいなくても星太郎は大丈夫だと思えたからだった。

そんな中で、星太郎に弟子入りを志願するばかりか、いきなり結婚を迫ってきたふみか(宮本茉由)。星太郎はふみかの熱意に根負けして仕方なく受け入れつつも、彼女の存在が望月煙火店の技術を“繋いでいく”ということを意識するきっかけとなった。だが、ふみかは同業他社である野口煙火店の娘。最初はスパイを疑っていた星太郎だが、彼女の花火への情熱や献身的な姿勢に心打たれて、部外者立ち入り禁止の火薬の配合場所に招き入れた矢先にふみかは行方をくらました。

星太郎は相当ショックだっただろう。秋田まで出向いたひかりからは、ふみかが火薬の配合レシピを見たという情報だけしか得られず、星太郎はそんな彼女のいる野口煙火店には負けられないと花火競技会への闘志を燃やす。しかし、完璧な“紅”を作ろうと何度も試行錯誤を重ねるも、納得のいくものがなかなか作れない星太郎。こういう時、いつもヒントをくれるのはひかりだ。

ひかりは星太郎に配合をガラッと変えてみてはどうかとアドバイスする。レシピが作られた当時と今とでは気候も材料の質も違うのだから、と。考えてみれば当たり前のことだが、星太郎がそれに気づけなかったのは、彼が望月煙火店の息子だから。対して、この家で生まれ育ったわけでもなく、レシピに何の思い入れもないひかりだからこその柔軟なアドバイスにより、代々受け継がれてきた配合レシピを守ることでいっぱいだった星太郎の頭がほぐれた。

こうして自分の納得がいく新たな“紅”を完成した星太郎だったが、競技会で評価されるまん丸の花火ではなく、敢えて趣向を凝らしたきのこ型の花火をメインに据える。正しい書き順に反発した子供の頃の気持ちを思い出すかのように。結局、望月煙火店は3位に終わり、野口煙火店が優勝となったが、星太郎には結果などもうどうでも良かった。

古き良きホームドラマのテイストにファンタジーの要素を織り交ぜたこのドラマのように、星太郎のきのこ型の花火には少しだけ伝統を覆す意味があったのではないだろうか。花火のレシピも人から人へと渡るたびに手が加えられ、時代に合わせて変化していく。それは決して悲しいことではなく、花火そのものを次世代に残していくために必要なことだと星太郎は思えた。

ふみかが父親に認められたい一心で配合レシピを持ち出したことを謝罪しに来た日の夜、星太郎は新しい紅のレシピを他の花火屋に公開すると告げる。星太郎は結婚して子供を持つでもなく、新しく弟子をとるでもなく、そうすることで望月煙火店の技術を後世に伝えていくと決めた。それを元に、ふみかや他の誰かがさらに良い花火を作ってくれることを期待して。

「花火師のためじゃなくて、花火のためにそうしたい」

その決断は星太郎の花火に対する究極の愛だ。シーズン2はふみかという新しいキャラクターの登場により、内側に向いていた意識が少し外に広がった星太郎の「上げたいから上げる」という“自己満足”のその先を描き出した。ふみかが加わることで会話のテンポも良い意味で崩れ、父である航との関係も少し変化し、花火師として対等に話ができるようになった。

そんなシーズン2においても変わらずにいてくれたのがひかりの存在だ。星太郎曰く、ひかりが上げると花火がなぜか客の正面を向くという。そんな“神通力”を持ったひかりは基本的に後ろ向きな星太郎のことも、正面を向かせてくれる。「水森さんじゃなきゃダメなんだよ」という星太郎のセリフは無意識のプロポーズに聞こえたが、「それってぇ、私が神ってことですよね」とふざけて返すのがひかりらしいというか何というか……。2人の関係がラブに発展することはないかもしれないが、ひかりにはずっと星太郎のそばにいてあげてほしい。

シーズン1はカメラが俯瞰になり、スタジオセットの全体像を見せるという斬新なラストシーンだったが、シーズン2は星太郎が航とのやりとりをテレビで観ているシーンで幕を閉じた。本作はこうしたメタ的な演出でフィクションと現実に一線を敷いているようにも、曖昧にしているようにも思える。このドラマの重要な舞台である縁側が家の外なのか、中なのか分からないように、航が行き来する“あの世”と“この世”、フィクションと現実の境界線も曖昧で本来は緩やかに繋がっているものなのかもしれない。その証拠に本作が届けてくれる花火のような煌きは一瞬でも、心に長く続く余韻をもたらす。また、いつか星太郎たちに会えますように。本人には些か悪いような気もするが、星太郎に3番目の憂鬱が訪れることを願っている。

(文=苫とり子)

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