介護施設にいるヨボヨボの高齢者が、そろって顕著に衰えている「体のとある部位」…いつまでも健康な人との決定的な差

(※写真はイメージです/PIXTA)

口のなかの状態が体の健康に大きな影響をおよぼしていることをご存じですか? 実は、体は弱っていても、口のなかだけは元気という人はほとんどいないのです。本記事では医療法人社団アスクラピア統括院長の永田浩司氏が、口腔機能低下による影響と、口腔ケアの方法について解説します。

オーラルフレイルを放置すると全身の機能低下に

60代の方がこれまでに歯医者さんを受診してきた目的は、虫歯や歯周病の治療、失った歯を入れ歯などで人工的に補うための補綴(ほてつ)治療などがメインだったと思います。

これは主に食べ物を噛む機能のための治療ですが、ほかにも年齢を重ねていくなかで衰えていく機能があります。それが飲み込む機能で、実はこの機能を診ることも歯科医の大切な仕事です。

噛む機能、飲み込む機能が衰え始めると、食べるときにむせる、こぼす、食べるのに時間がかかる、固いものを食べるのが億劫になる、滑舌が悪いなどの症状があらわれます。このように口から食べる機能が衰えることを「オーラルフレイル」とよびます。

オーラルとは「口腔の」、フレイルは「虚弱」で、口腔機能の衰えを意味します。オーラルフレイルは健康と機能障害の中間の段階であり、適切な対応を行えば改善が可能です。

しかし、対応を行わないまま放置したことで、噛めなくなってしまい、やわらかいものを食べるようになる。すると、噛む力がさらに低下するという悪循環が起こります。それによって栄養バランスの偏りや食欲不振を引き起こし、低栄養、さらには全身の機能低下へとつながってしまうのです。

オーラルフレイルのセルフチェックでは、

・固いものが食べにくい

・お茶や汁物等でむせる

・口の渇きが気になる

・普段の会話で言葉をはっきり発音できない

・自分の歯が20本未満である

上記5項目のうち、2つにあてはまると、オーラルフレイルに該当します。

50代からリスクが高まる口腔機能低下症とは?

オーラルフレイルがさらに進行して疾患になった状態が、口腔機能低下症です。

オーラルフレイルと重なる部分が多く、以下の7つの下位症状のうち、3項目以上該当すると口腔機能低下症と診断されます。診断は7項目の検査で判断します。

・口腔衛生状態不良

・口腔乾燥

・咬合力低下

・舌口唇運動機能低下

・低舌圧

・咀嚼機能低下

・嚥下機能低下

口腔衛生状態不良

口腔衛生状態不良は、お口のなかがどれだけ汚れているかを調べるものです。舌の表面にある凸凹に口腔内の細菌が溜まってできた苔状の舌苔(ぜったい)の付着度(口腔内の清潔度)で評価します。舌の汚れは口臭の原因になるほか、汚れた状態のままでいると誤嚥性肺炎のリスクが高まります。

口腔乾燥

口腔乾燥は専用の機器を使って口のなかの水分量を計測するもので、唾液の分泌量がわかります。口のなかの乾燥は食べ物を飲み込みにくくなる、虫歯や歯周病、口臭、誤嚥性肺炎のリスクが高くなるなど、さまざまな影響があります。

咬合力低下

咬合力低下は、計測機器を使って噛む力(咬合力)を調べます。機器を使わない場合は自分の歯の残存本数で判断しますが、該当基準は20本未満となります。咬合力が弱くなると固いものが食べられなくなり、先述したように栄養バランスの偏りや食欲不振による低栄養が懸念されます。

舌口唇運動機能低下

舌口唇運動機能低下は、舌と唇をうまく動かせているかを確認するものです。5秒間、「パ」「タ」「カ」を連続で早く言い続けることで唇や舌がどれだけ動かせるかをチェックします。

低舌圧

低舌圧の舌圧とは舌が上顎に接触する力のことです。専用の装置を舌と上顎で挟み、押しつぶすことで舌圧を計測。このとき、入れ歯を使用している場合は装着したまま行います。舌と唇の機能が低下すると、食べこぼしが増えたり、滑舌が悪くなったりします。また、舌は食塊(咀嚼によって、食べ物が飲み込みやすい状態に形成されたもの)を咽頭に送り込む働きもするので、舌の動きが悪くなると誤嚥性肺炎を起こしやすくなります。

咀嚼機能低下

咀嚼機能低下は食べ物を細かくしたり、すりつぶしたりする能力を評価するもので、検査ではグミゼリーをどれだけ噛めるかを測定します。

嚥下機能低下

嚥下機能とは飲み込む機能のことで、検査は基本的にアンケートに回答する形で行います。咀嚼機能、嚥下機能の低下によって食べ物を飲み込む力が低下すると、食事が十分に摂れなくなり、栄養が十分に摂れなくなってしまいます。また、むせやすくなることで、誤嚥性肺炎や窒息のリスクも高まります。

50代からは保険適用となる口腔機能低下症の検査

そもそも入れ歯を使用している方は、使用していない方に比べてお口の状態が悪くなる傾向があるため、特に口腔内の清潔度や咬合力の検査では不利だと考えられます。そういう意味では、特に入れ歯の使用が増え始める50代、早い人では40代から口腔機能低下症のリスクが高まると考えていいでしょう。

口腔機能低下症の検査は50代から保険適用されるので、オーラルフレイルの段階で検査を受けることが望ましいです。ただし、検査にはさまざまな機器が必要なため、どこの歯科医院でも行っているわけではありません。事前に問い合わせをすることをおすすめします。

滑舌が悪くなったと感じたら舌の運動を

食べ物を噛む、飲み込む機能の衰えの原因は歯だけではありません。口腔機能低下症の検査項目に舌圧があることからもわかるように舌も関係しています。

舌の運動機能が低下するのは、唇のまわりにある口輪筋が緩んだり、舌の動きが悪くなったりしたことが原因です。もし、滑舌が悪くなってきたなどの自覚症状がある場合は、舌の運動として「タカラパ、タカラパ」とくり返して言ったり、舌を上や前に動かしたりする動作を意識的に行うとよいでしょう。

歯や舌の状態が体の健康に影響すると聞いてもイメージしにくいかもしれません。しかし、「体は弱っていても、口のなかだけは元気」という方はほとんどいないというのが、長年、介護施設で多くの高齢者のお口のなかを診察してきた筆者の実感です。口の健康と体の健康はつながっているのです。

お口の虚弱といわれるオーラルフレイルの人は、そうでない人に比べて、サルコペニア(筋肉量が減少し、身体機能が低下する)のリスクが2.1倍、要介護認定のリスクが2.4倍、死亡リスクが2.1倍だといわれています。

実際、介護施設で過ごす高齢者のなかには、食事に時間がかかり、食べ終わる前に体力がなくなってしまい、低栄養になってしまっている方がいらっしゃいます。しかし、そこまでの状態になる前に気づけるタイミングはあったはずです。早い段階で食べるときの不具合、お口のなかの違和感を見逃さないことが大切です。

永田 浩司
医療法人社団アスクラピア 統括院長

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