河合優実×佐藤二朗×稲垣吾郎、社会問題を映画にする意義 “明るい”現場でのエピソードも

河合優実が主演を務める映画『あんのこと』が公開中だ。実在する事件をモチーフに映像化した本作。幼い頃から母親の暴力に苦しみ、売春を強いられていた香川杏(河合優実)は、覚醒剤使用容疑で取り調べを受けた際、多々羅保(佐藤二朗)という刑事と出会う。やがて、週刊誌記者の桐野達樹(稲垣吾郎)を含め、3人で行動を共にするように。杏は彼らに心を開くなかで、仕事ややりがいを見つけるものの、あることが起こって……。今回、鑑賞後にきっと誰もが「杏のこと」を考えるであろう衝撃作に出演した河合、佐藤、稲垣にインタビュー。3人の心の中にある想いとは?

■『あんのこと』は「ある種の十字架を背負って劇場を後にする作品」

ーー2020年に新聞に掲載された実際の事件から着想を得た本作。取り組むとなったとき、どんなことを思いましたか?

河合優実(以下、河合):実在する方を主人公にした作品なのですが、その方にはお会いできないので「コミュニケーションが取れない役をやるということ」、「この映画を作るということ」に対してどう整理をつけるのかが大変でした。

ーー演じながら整理はついていったのでしょうか?

河合:今も整理はつききっていないですね。ただ、(撮影を)やっている最中の方が集中していたように思います。毎日必死にシーンを演じるしかないので「いってきます」みたいな気持ちではありました。

ーー稲垣さんはいかがですか?

稲垣吾郎(以下、稲垣):実話に基づいたお話という前提で脚本を読ませていただきましたが、やはりショッキングでしたね。胸が張り裂けそうになりましたし、やり場のない思いも感じて……。これを映画化するってすごいことだから、やらせていただく上では覚悟が必要だな、と。あと、我々大人が、そうした(状況の)方たちに対して、向き合っていかなければならないなと思いました。

ーー杏を見ていて、とても胸が苦しくなりました。

稲垣:この作品では、彼女の身の回りに起こった出来事が描かれているんだけど、もしかしたら自分たちにも起こりうる話じゃないかなって思うんです。彼女が「子供だから」とか「そういう生い立ちだから」だけではなくて、僕でも急に社会から引き離されて、人とつながらなくなることだってあり得ると思うし、誰かがそうした状況になったとき、その声に気づいてあげられる世の中じゃなきゃいけないな、とも思いますね。

佐藤二朗(以下、佐藤):吾郎ちゃんのコメントを泥棒するつもりはないですけど、吾郎ちゃんが「大人が……」とおっしゃったでしょ。俺もね、本を読んだときに、今を生きる大人のひとりとして、この事実を人に知らせるって“意義があるな”と思ったんですよ。

ーー映画公開後、この作品がどう伝わるのか、どう感じられるのか……。

佐藤:もちろん、何も考えずに観られる映画にも価値はあるんだけど、『あんのこと』のように、映画を観た人が読後感として、ある種の十字架を背負って劇場を後にする作品も必要だと思うんですよね。そうやって、観た人がどんなふうに感じるのかは、楽しみな部分でもあります。

ーーそれぞれ演じられた人物については、どんなことを感じましたか?

佐藤:本気で“杏を救おう”と思いながら演じてはいたけど、同時に多々羅にはグレーなところもある。それは一見、矛盾するんだけど、でも人間って矛盾している部分も共存する生き物なので、すごく生々しいなと。この役をちゃんと演じたいと思いました。

河合:杏の印象を一言で言うと、「前に進むエネルギーがすごく強い人」ですね。杏のような環境から抜け出すのってものすごい意思が必要だと思うんです。もちろん、多々羅や桐野との出会いが大きなきっかけではあるんですけど、特に薬の依存って体の問題だから、自分の気持ちだけでどうこうなるものじゃない。それなのに、その状況から脱したことがすごいし、「学校に行きたい」とか「働きたい」とか、前に進む力が本当にすごいなと思いました。

ーー杏を見て「自分も前を向かなきゃな」という思いになりました。

河合:そうですね。私もそう思いました。

佐藤:「あの子が頑張っているなら」って思うよね~。

ーー実際に桐野のモデルとなった方にお会いしたそうですね。

河合:杏のモデルになった女性について「どんな印象がありますか?」とお聞きしたら「いつもニコニコ笑っていて、照れて大人の影に隠れちゃうような、小学生みたいな女の子でした」とおっしゃっていて。それは、脚本を読んだだけでは出てこなかった印象だったので、意外でしたし、演じる上でヒントになりました。

稲垣:僕はその方にはお会いできなかったんですが、映画に出てくる桐野は、あることで板挟みになるので、その“揺れ動き”みたいなものを丁寧に演じたいと思いました。同時にフラットな立ち位置にいる役でもあるので、まず、そういう人に見えることが大切だな、と。僕もおふたりもそうですけど、映画やドラマに出させていただくと、どうしてもその人のパブリックイメージが出てきちゃうじゃないですか。それが必要な場合もありますけど、(本作に関しては)なるべくシンプルに。(観客が)映画の世界に誘われるように……と思っていました。

ーー桐野に対して、現在どんな思いを感じていますか?

稲垣:「なんとかならなかったのかな」と思っちゃうんですよね。本当にやりきれないし、(桐野として)後悔している部分もあるというか。

佐藤:その「なんとかできなかったのか」という気持ちを、お客さんにも感じてもらえたらいいな……。

河合:そうですね。

佐藤:おこがましいですけど、映画を観終わった後、「あの場面は、どうやったら良かったと思う?」と一緒に行った方と話し合ってみてほしいですね。(作中に出てくる)貧困やコロナって誰ひとり他人事じゃないと思うんです。難しい問題なんだけどね。

ーー事前に公開された場面カットにもありますが、個人的に杏が笑顔になる中華屋のシーンが好きで……。いろいろあったなかで、あの笑顔を見ると、心が温まるというか。

稲垣:救われるよね~。

佐藤:あの笑顔はお客さんも救われますよ。

■映画の内容とは対照的だった“明るい”撮影現場

ーーそんなお三方の印象的だったシーンを教えてほしいです。

稲垣:特に3人のシーンは明るい場面が多かったですよね。

佐藤:そうそう。カラオケのシーンで桐野が歌ったじゃない。あれ、吾郎ちゃんファンは大喜びだよ。

稲垣:いやいや(笑)。

河合:桐野と多々羅がある場所に酔っ払って行くシーンも面白かったです。2人のほっぺを赤く塗りすぎていないか、って。

稲垣:そんなことあったね~。

佐藤:予告で、泣き叫ぶ杏を多々羅が抱き抱えるシーンがあったと思うんだけど、そこで俳優人生で初めての経験があったんですよ。このシーンを撮る前、優実ちゃんが「二朗さん。ちょっといいですか」と手を握ってきて。後輩の俳優にそんなことをやられたら、もう絶対にこのシーンは外せないな、と思いましたね。

稲垣:そんなことがあったんですね。

佐藤:優実ちゃんに(理由を)聞いたら、「二朗さんの体温をちゃんと感じたいから」って。そういうことでお芝居が変わるかどうかは分からないけど、多分俺も優実ちゃんも、そういうことで“変わる”と信じてる。後輩にそうしたことをやってもらえて、“俺もやらなアカン”と思えたから、優実ちゃんには感謝しています。

河合:「なぜそうしたのか説明しろ」と言われたら難しいんですけど、手を握ることで変わるかもしれないなら、握らせてもらおうと思いました。「頑張りましょう」という握手ではなくて、「ちょっといいですか?」って(体温を感じたかった)。

稲垣:当時、まだそこまでシーンを重ねた時期じゃなかったでしょうし。

佐藤:そうそう。結構勇気を持ってやってくれたみたいでね。でも、手を握ってくれたことで、なぜ彼女がそれをやったのか感じられたんですよ。

稲垣:勇気はいるけど大切なことですよね。そう思ったとしてもできないことが多いから。

ーー「やらないよりやった方がいい」と判断されたんですね。

河合:今回の役に関しては特にそう思いましたね。

稲垣:あれはいいシーンでした。

ーー撮影中の話も出てきましたが、現場はどんな雰囲気だったんですか?

佐藤:ここまで重いやつだと、多少引きずっちゃうんだけど、現場では3人で楽しく話していましたね。吾郎ちゃんと話して印象的だったのは、「今までの経験で一番寒かった現場と、一番暑かった現場」の話。

河合:そんな話をされたんですね(笑)。

佐藤:俺が一番寒かった現場を言ったら(稲垣が)負けたと思ったのか「悔しいな。勝ちたいな~!」って。

稲垣:もともと二朗さんが自分の切り札となるエピソードを持っていて。勝つのを分かった上で話を振ってきたっていう。

佐藤:そうそう。だからこそ「悔しいな~!」ってね。

河合:(笑)。

稲垣:そんな感じで明るく話していたので、今思えば、“河合さん大丈夫だったかな”と思いますよ。

河合:いやいや、まったく大丈夫でした。私も(役を)引きずるタイプではないので、杏、多々羅、桐野の関係性のように、おふたりがこの映画をどんどん明るい方に引っ張って、バランスをとってくださったなと思います。風通しのいい現場でした。
(文=浜瀬将樹)

© 株式会社blueprint