能登半島地震でビルの下敷き 娘と妻失った楠さん 川崎で居酒屋再開 悲しみ癒えぬも「始めるしかない」 

「わじまんま」を開店した楠健二さん(右)とオープンの日に駆け付けた来店客=川崎市川崎区砂子1丁目

 元日の能登半島地震で妻と長女を失った楠健二さん(56)は10日、かつて家族と暮らした川崎の街に居酒屋をオープンした。店舗は、石川県輪島市で妻と営んでいた居酒屋「わじまんま」と同じ名にした。「悲しみは癒えることはない。けど始めるしかない」と楠さんは力を込める。

 2018年に輪島市に移り住み、居酒屋を始めた。6人家族の大黒柱として懸命に働いた。あの日、輪島市にある住まいと店舗を兼ねた建物は、隣接する7階建てビルが倒れ込み押しつぶされた。一緒にいた妻の由香利さん(48)と長女の珠蘭(じゅら)さん(19)が亡くなった。

 「いなくなるってこういうことか…」

 移住前、30年ほど暮らした川崎の街並みの中に、家族と過ごした面影が思い浮かんでくる。喪失感に襲われる日々が続き、やめていた酒に頼ることもあるという。

 それでも父親として「家族の生活を守るために一歩踏み出すしかない」と、心に決めた。「新しく始める店に由香利ちゃんや珠蘭の思い出はない。だからやっていける気がするんだよ」と寂しげな表情を浮かべた。

 楠さんが手料理を振る舞う新たな店は、京急川崎駅の近くにあるビルの地下1階にある。付き合いがある能登の店から新鮮な海鮮食材を直送してもらい、輪島の地酒も取りそろえた。

 5月からの1カ月ほど、楠さんは朝から晩まで改装や開店準備に没頭した。

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