【社説】モディ首相と核 広島で見たものを生かせ

 インドのモディ首相が3期目の就任式に臨んだ。

 2014年から続く長期政権の足元は揺らぐ。総選挙で与党連合として何とか過半数は取ったが、モディ氏が率いるインド人民党(BJP)の議席が激減したからだ。経済成長を続けるインドは人口世界一の大国としても存在感を高める一方で、国内の格差は広がる。貧困層の不満が選挙に反映したとみていい。

 インドは核保有国である。仮に支持回復に向け、ナショナリズムをあおるために対外的な強硬路線をエスカレートさせればどうなるか。場合によっては核戦争を招きかねないことを自覚してほしい。

 インドは長年敵対する隣国パキスタンとは、カシミール地方の領有権問題で一触即発の状態にある。国民の約8割を占めるヒンズー教徒以外、特にイスラム教徒を抑圧するモディ政権の姿勢が、この核を持つイスラム大国を刺激しているのも想像に難くない。

 さらに軍事大国化する中国との根深い対立もある。こうした中で、インドが核戦力を強化する実態はやはり見過ごせない。長崎大核兵器廃絶研究センターの最新の推計によると保有する核弾頭は170発で、前年より6発増えた。3月には核弾頭が搭載可能な長距離弾道ミサイルの「多弾頭化実験」にも成功した。

 インド核保有への経緯を思い返す。1974年の最初の核実験実施から5月で50年になった。当初から中国の核保有への対抗とされた。98年に再度の核実験を強行し、インドの歴代政権で初めて核兵器の保有を公言したのが、当時のBJP政権である。そこにパキスタンが追随した。

 インド、パキスタンとも核拡散防止条約(NPT)加盟を拒み、なし崩し的に南アジアに核が拡散した。日本も含む国際社会が十分な歯止めのないまま、許容もしくは黙認したのが現実であろう。そのことが北朝鮮に核保有の口実を与えたのは否めない。

 そのインドは核の「先制不使用」の原則を掲げてきた。ただモディ政権の10年、見直すべきだとの声がたびたび出たのは確かだ。500発の核弾頭を持つ中国に核抑止力の強化で対抗する。その流れが強まれば「核兵器なき世界」はさらに遠のいていく。

 モディ氏は昨年5月、先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)の拡大会合で被爆地を訪れた。初の核実験の後、現職首相の広島訪問は初めてであり、原爆資料館も見学した。しかしインドが議長国となった9月の20カ国・地域首脳会議(G20サミット)では核の問題は素通りだった。

 インドは「グローバルサウス」の中核である。ウクライナ侵攻後のロシアとは友好関係を保ち、独自の外交姿勢が国際情勢を左右する。だからこそ世界全体の課題として、核廃絶へ踏み出してほしい。形骸化しつつあるNPTや、包括的核実験禁止条約(CTBT)といった核軍縮の枠組みに今から加わってもいい。

 モディ氏にその決断を促すのが被爆国の日本であることは言うまでもない。広島で見たものを生かせ、と。

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